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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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51/84

51.復讐か、それとも救済か。呉に全てを奪われた二人の遺児が、山中で『誓い』を立てる夜

益州の巴東郡と、荊州の上庸郡の境にあたる山間部。

そこに関優と張凱が率いる義賊たちの根城があった。

戦に出ては敵と刃を交え、あるいは豪族から金品を奪い返すのは、もっぱら彼らの軍団の役目である。


その一方で、行き場を失った者たちが次々と集まり、やがてそこは、ひとつの集落として形を成していった。


----


山を下りる夜は、月が細かった。

雲が流れ、時折、月光が道を照らす。


関優は、尾根の陰から眼下を見下ろしていた。

谷あいに築かれた豪族・呉氏の館は、高い塀と見張り櫓を備え、いかにも「奪われるはずがない」と言わんばかりの構えをしている。


「相変わらず、金だけは余ってる顔だな」


張凱が、低く笑う。

その声に、義賊たちの間で小さな緊張が走った。


館の裏手。

山に最も近い場所は、警戒が薄い。

関優は手を上げ、合図を送る。


――今だ。


先行していた数名が、音もなく塀に取りつく。

縄が掛けられ、影がひとつ、またひとつと塀を越えていく。


見張り櫓の上で、兵が欠伸をした瞬間だった。

背後から伸びた腕が、口を塞ぐ。


短い呻き声。

そして、静寂。


合図と同時に、義賊たちは一気に館内へ雪崩れ込んだ。


「敵襲だ!」


叫び声が上がるころには、すでに遅い。

刃が閃き、松明が倒れ、闇と火が入り混じる。


関優は正面から踏み込み、立ちはだかる私兵を斬り伏せた。

豪族の兵は数こそ多いが、命を賭ける覚悟が違う。


「命までは取らん! 武器を捨てろ!」


張凱の声が、混乱の中に響く。

逃げ惑う使用人たちを、義賊たちは追わない。


狙うのは、蔵だけだ。


重い扉が破られ、中から金布、穀物、武具が運び出されていく。

それらは、すべて山へ運ばれることになる。


館の奥で、呉氏当主が震えながら膝をついていた。

関優は、彼を一瞥する。


「お前が溜め込んだものは、山に流れる。

 民の命を削って得た金だ。覚えておけ」


返事はなかった。

ただ、恐怖に濁った目が、それを物語っていた。


やがて、義賊たちは火を残さず、闇の中へと消えた。

夜明け前、館には奪われた後の静けさだけが残される。


そしてその奪われた富は、

山の集落で、再び“人の命”として息を吹き返すことになる。


----


「なあ、兄者」

「どうした、凱」

「俺たちさ、いつまで、こんなことしてればいいんだろうな…」


呉氏から奪った金品を、集落に運び込んだ後、居城としている館に戻ってから、張凱がそう言った。


「…嫌になったか?」

「違うんだ…関優兄、今さ、蜀の状況が変わっただろ?」

「…涼州と、雍州を奪り、今さらに長安に圧力をかけている状態だな」

「…劉禅陛下が自ら、戦に出たって聞いた」

「…知っている。頭をぶつけてから、まともになったということも噂でみんな知っている」

「…だろ?で、さ…その皇后様は、俺の腹違いの姉じゃないか、だから」

「だから、なんだ」

「今なら、取り合ってくれるはずだ」

「…以前、そういって押しかけて、宮殿の兵に帰されたのを忘れたか」


その言葉は責めではなく、現実を突きつけるための静かな釘だった。

張凱は唇を噛んだ。


「忘れてねえよ。でも、あの時とは違うはずだ」

「…それなら、お前だけで行け」

「兄者…」

「俺は、ここにいる者たちを見捨てるわけにはいかん」

「…みんな、連れて行けばいいじゃないか」

「連れていきたくても、大勢を連れていけるほどの資源が俺たちにはない」


この集落の人数は二百人を超えていた。

皆、肩を寄せ合い、明日の糧を求めて山に入り、わずかな恵みを分け合って生きている。


日が暮れれば、焚き火の周りに人が集まり、わずかな食料を分け合う。

湯気の立つ粥の匂いが漂い、子どもたちの笑い声が闇に溶けていく。

そのささやかな温もりこそが、彼らがようやく手にした「生き延びる場所」だった。


関優は、その全てを背負っていた。


「俺たちの名前にみな期待しているんだ」

「兄者……もう、俺はそれが嫌なんだよ」


張凱の声は、焚き火の残り火のように揺れていた。

関優が名を呼ぶと、張凱は唇を噛み、しばらく言葉を探すように沈黙した。


「張凱……」

「俺はさ……父上みたいに強くなんてなれねえんだ」


ぽつりと落ちた言葉は、長いあいだ胸の奥で燻っていたものが、ようやく空気に触れたようだった。


「張飛の息子だ、張苞の弟だ、みんなそう言う。でも俺はあの二人をよく知らねえ」

「張凱」

「あとで分かったさ、張苞兄は、母上と共に、呉の策略で暗殺され、父も陣中で、呉の間者に毒を盛られて死んだ」


関優は黙って聞いていた。


「姉上も、嫁いでいった。俺だけが、腹違いの張飛の子なんだ」

「そうだったのか」

「俺の母は、父が亡くなると、すぐに死んだんだ。それから、ずっとひとりきりさ」

「俺と会ったのもそういうときか」

「ああ、兄者がいなければ、野垂れ死んでた。だから、ここまでついてきた」


蠟燭の炎が静かに揺れる。


「だけど、俺は、戦なんて嫌なんだよ」


張凱は体格に恵まれ、武器を使うのもうまい。

必要なのは、戦う理由だ。

そう思った関優が、返すように言葉を続けた。


「関羽の息子だ、関平の弟だって、みんなそう言う」


張凱が頷く。


「父上も兄上も、呉の裏切りで死んだ。関興に関しては、呉の陸遜との戦で死んだ。幼かった俺だけが、逃げるように益州に転がり込んだ」

「そうだったよな」

「俺は、戦が好きとか嫌いとかじゃない。呉が許せん。お前の家族、そして俺の家族を奪った呉の連中だけは絶対に許さない」

「兄者」

「俺が戦う理由は、それだ。いつか大軍勢を率いて、必ず仇を討ち果たす」


関優は拳を握りしめる。


「そのためにも、力なき人々を救いながらも、兵を蓄える」

「…そのためにこういうことしてんのか、兄者」

「ここにいる人は、みなそうやって、乱世に何かを奪われて生きている」

「…」

「みんな、同じなんだ、凱。…一緒に戦おう」

「…分かったよ、もう泣き言なんて言わねえ」


張凱は、胡床に座りなおした。


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