「陛下、いつもと違われます」 ―― 詰みかけたので、とりあえず記憶喪失のフリをした。
黄皓が去り、部屋に静けさが戻った。
香の煙が細く揺れ、冬の風が障子をかすかに鳴らす。
紅陽はしばらく扉の方を見つめていた。
やがてゆっくりと裕介の方へ向き直る。
「陛下」
近衛兵長である紅陽は、近くで見ると、めちゃくちゃごつい。
身長は二メートル近い。鎧は重厚で、肩幅が壁みたいだ。
(いや、でかすぎだろ、こんなのに守られてたの、劉禅?)
紅陽は真剣な目で裕介を見つめていた。
「陛下。誠に大丈夫でございますか」
その声は、先ほどよりも低く、慎重だった。
裕介は思わず背筋を伸ばす。
「先ほどから、陛下のご様子が、いつもと違われます」
(バレた!? 早くない!?)
自分の心臓がどくどくしている。
だが紅陽は、疑いというより、心配の色を浮かべている。
「陛下のお身に、何が起きているのか、どうか私にだけでも、お話しください」
(どうする?正直に転生しましたなんて言えるわけないし)
(いや言った瞬間に首飛ぶだろ)
「…実を言うと」
「はい」
(どう言うんだよこれ。中身が別人ですなんて言ったらおかしくなったと思われる)
(でも、完全に誤魔化すのも無理がある)
(どうする…どうする…)
「記憶が曖昧なんだ」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
紅陽の眉がわずかに動いた。
「記憶が……」
「だから、いつもと違うのはそのせいだと思う」
「陛下は、草原でお倒れになっておりました。その際に」
「なんというか、俺があって、俺でない、とでも言えばいいのか」
(…通じるか?いや無理か?)
紅陽はしばらく裕介を見つめている。
「この紅陽、たとえどんな状況であっても、これまでと変わらず陛下は命に代えてもお守りいたします」
(大丈夫そうだな)
「ああ、頼む」
「承知しました」
裕介は、胸の奥の鼓動が、まだ速いのを感じていた。




