49.歴史改変、成功。命を繋いだ廠が、急いで漢中へ戻らなければならない理由
馬超の案内で、廠と紅陽は奥の小屋へ向かった。
山賊の残した焦げた匂いがまだ風に混じっているが、集落には安堵の空気が広がりつつあった。
小屋の前には、ひとりの老人が静かに立っていた。
背は低いが、目は澄んでいる。
その佇まいは、ただの山の民ではない気配を放っていた。
「あなたが、元莱殿か」
廠が声をかけると、老人は深く頭を下げた。
「はい。陛下、お待ちしておりました」
廠は一瞬だけ驚いたが、すぐに息を整えた。
「俺が来ることが分かっていたのか」
「孔明殿の脈が乱れた時、胸騒ぎがしたのです。あの方の気は、わたしが一度整えたもの。遠く離れていても、乱れれば分かります」
紅陽が目を見開いた。
「そこまでの腕前とは……」
元莱は微笑み、廟の奥から包みを取り出した。
薬草と針箱が丁寧に収められている。
「すぐに成都へ参りましょう。孔明殿の病は、まだ手が届くところにあります」
廠は深く頷いた。
「馬超殿、世話になった。必ず礼はする」
馬超は静かに首を振った。
「礼など不要。……ただ、孔明殿を救ってください。それだけで十分です」
その言葉には、かつて蜀の将として生きた男の誇りと、今も消えぬ忠義が宿っていた。
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夜明け前、廠・紅陽・元莱の三人は山を下りた。
山の空気は冷たく、夜露が草を濡らしている。
元莱は年齢を感じさせぬ足取りで進み、時折、廠に言葉をかけた。
「廠殿。孔明殿の病は、気が衰え、血が滞るもの。 戦の策を練り続けた疲れが、ようやく表に出たのでしょう」
「治るのか」
「治します」
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成都に戻ると、黄夫人がすぐに廠たちを迎えた。
その顔には疲労が滲んでいる。
「廠殿、夫は、まだ」
「連れてきたよ」
「案内を」
元莱は静かに言い、孔明の寝所へ向かった。
寝台の上の孔明は、息が浅く、顔色は青白い。
廠が近づくと、わずかに瞼が動いた。
「……廠殿……来て、くださったのですね……」
「喋るな。今、元莱が来た」
元莱は針箱を開き、孔明の脈を取り、静かに頷いた。
「間に合いました。廠殿、孔明殿の手を握っていてください」
廠は孔明の手を取り、その温もりを確かめた。
弱いが、まだ確かに生きている。
元莱は一本の細い針を取り、孔明の胸元へとそっと打ち込んだ。
「――戻ってきなさい、孔明殿」
その声は、まるで魂に語りかけるようだった。
孔明の呼吸が、わずかに深くなる。
廠はその変化を感じ、胸の奥が熱くなった。
「……孔明」
元莱は次々と針を打ち、気の流れを整えていく。
やがて、孔明の顔に、ほんのりと血色が戻り始めた。
黄夫人が涙をこぼす。
「……夫が……」
元莱は静かに言った。
「まだ安心はできません。ですが――峠は越えました」
廠は深く息を吐き、孔明の手を握りしめた。
「よかった…本当に…」
その夜、成都の空には雲がなく、星が静かに瞬いていた。
廠は庭に出て、夜風を吸い込んだ。
山の薬草の匂いが、まだ衣に残っている。
孔明は助かった。
だが、戦は続く。 廠の道も、まだ終わらない。
紅陽が隣に立つ。
「陛下、これからどうしますか」
廠は夜空を見上げた。
「紅陽…やっぱり、遠征はきついな…」
「どうしたのですか?いきなり…」
「いやあ、なんでもない」
織が近くにいるのと、いないのでは、寂しさがまるで違った。
「漢中へ戻ろう」
その声は、静かだが揺るぎなかった。




