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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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46/84

46.宦官の隠し財産で領内を大掃除!? 現代知識で伝染病を封じ込める異世界皇帝

洛陽の冬は、戦場よりも冷たかった。


朝議の最中、殿中に駆け込んできた伝令の顔色を見た瞬間、曹叡は胸の奥に、氷のような予感が走るのを感じた。


「申せ」


声は静かだった。

だが、殿中の誰もが、その静けさの裏にある緊張を悟った。

伝令は膝をつき、深く頭を垂れた。


「五丈原にて、司馬懿将軍殿、討死」


殿中の空気が、一瞬で凍りついた。

曹爽は蒼白になり、夏侯玄は息を呑んだ。

陳羣は目を閉じ、わずかに首を垂れた。

誰も声を発せなかった。

曹叡だけが、微動だにしなかった。


「……そうか」


その一言は、あまりにも静かで、逆に重かった。

司馬懿は、魏の柱だった。

蜀の北伐を止める最後の砦であり、曹叡が最も信頼していた“戦略の頭脳”だった。

その柱が折れた。

曹叡はゆっくりと立ち上がり、殿中を見渡した。


「曹爽」


呼ばれた曹爽は、肩を震わせながら前に出た。


「は、はい……陛下」

「お前は、洛陽の守りを固めよ。城門、兵糧庫、禁軍の再編……すべてだ」

「は、ははっ……!」

「蜀軍が仮に長安を落とすようなことがあれば、次はここだ」


曹爽は震える声で答えた。

曹叡は次に、陳羣へ視線を向けた。


「陳羣」

「は」

「司馬懿亡き後、軍政は乱れる。文官の統制を強めよ。地方官の任免、兵站の再整備、すべてお前に任せる」


陳羣は深く頭を下げた。


「御意」


曹叡は、殿の奥に控えていた武将たちへ視線を移した。

武将たちが進み出る。


「長安の守りを固めよ。しばらくは長安を攻めてはこないだろうが、あと数年もすれば、雍州、涼州は完全に蜀に靡く」


武将たちは頭を下げる。


「蜀がどれくらいの兵力になるかはわからぬが、今よりもはるかに精強に、かつ強大になるに違いない」


「陛下。命に代えても、長安を守り抜きます」

武将の一人が言う。


「来るべき時に備え、防備を固めよ」


武将の一人が進言した。

「恐れながら、長安の西に駐屯している姜維の軍はいかがなさいますか?」

「手を出すな、とは言わぬ。もし隙があるなら、仕掛けても構わぬ」

「はっ」


言っていながら、曹叡は、姜維に隙があるとは思えなかった。

駐屯地には五万。だが、背後には、雍州の魏延の軍、馬岱の軍が控えているのだ。

あの司馬懿が三十万で原野戦を仕掛けても勝てなかった相手だ。

今の魏軍で打ち破れるものがいるとは思えない。


それに、劉禅。

あの男が、自ら近衛兵を率いて、戦の最前線に立っていたという。

劉禅の目の前の立ったものは、音も無く崩れ落ちたという噂が当時流れていた。

どんなまやかしを使ったのか分からないが、全ては前線の兵をひきつけておくための陽動だったのだ。


「いずれにしても、雍州、涼州は奪われたが、まだまだ国力では魏のほうが上だ。態勢を立て直し巻き返す」

ははっと居並ぶ諸侯が拝礼した。


劉禅。

あの惰弱と噂されていた男。

全ては、我らを偽る策だったのか。

曹叡は、今度の戦さは自らも出陣するつもりだった。

戦場で相対すれば分かる。

そう思っていた。


----


廠は織と身体を重ねていた。


成都を出立してから、はや二か月が過ぎていた。


漢中に戻ってくるなり、廠は湯殿に入った。

源泉が湧き出るところに簡易的ではあったが、すでに造られていたのだ。

一刻も早く、織を抱きたかったが、身体が汗や返り血で汚れたまま会いたくなかった。


いつもより早く湯殿を出て、寝室で待つ織の元へと駆け込んだ。


廠が寝室に飛び込んだとき、すでに織は一糸まとわぬ姿で寝台に横たわっていた。

すでに迎え入れる準備はできているようだ。


「織、会いたかった」

「廠…私も」


何度も、何度も、唇を重ねる。

柔らかな膨らみを優しく刺激する。

すぐに弾けそうになる自分を押さえて、交わり合いを続ける。

ひとつになった。

まもなく廠は、抑えていた熱を解き放ち、皇后の腕の中でそっと果てていった。


「無事でよかった」

「ああ、みんないたからね」


織は、廠の腕の中で話していた。


「湯殿、気に入った?」

「もちろん、ありがとう。で、そのことなんだが」


廠は、他の源泉のあるところに大浴場のようなものを造設したいと言った。


「誰が使うの?」

「みんなも湯に入れるように、と思って」


「結構な数が必要になるわ」

「まあ、交代で入ったとして、一日に三百人は入れる」

「湯の量も、薪も、人手も、全部今の倍かな」


「そこは、兵士達が自分たちで交代でやるのさ、兵士たちのための湯殿にしたい」

「であるならば、さほど難しくはありません」


廠は、公衆衛生というものを重要視していた。


廠の考案した物を導入すると、蜀領内の病による被害が、激減したのだ。

湯上がりの冷えを避けるために、廠は薄絹を三角に仕立て、腰紐で留める下衣を作った。

湯殿を訪れる女性たちのための工夫で、絹は濡れた肌にそっと寄り添い、布端がふわりと揺れた。

「これなら、動きやすくて心地よい」と、誰もが口をそろえた。


さらに、冬になると咳をする者が増え始める。

その時に、廠は薄布を重ねた小さな覆いを作った。

口と鼻を覆うだけで、病は広がりにくくなる。

人々は半信半疑で布を結んだが、やがて町には同じ布をつけた者が増えていった。


そこにきて、この湯殿である。

廠は「お湯に一刻ほど身を沈めれば、身体の汚れの大半は落ちる」と言い張った。


そのためには、お湯を絶えず循環させねばならない。

汚れが残れば、湯はすぐに淀んでしまうからだ。

ゆえに、尽きることなく湧き続ける源泉は欠かせなかった。


成都の宮殿内にも湯殿はすでに増設されており、そちらは主に近衛兵や宮中で働く者たちのために使われている。

そして、この新しい湯殿を誰より喜んだのは、女たちだった。

みなこぞって応募し、宮中勤めを望む者が後を絶たなかった。


「皆、陛下のおかげで、病気にならずに済むといたく感謝しております」

「まあ、金、余ってるしな」


黄皓を中心とした宦官達を誅滅し、その財産も全て没収した。

どれほどの蓄えがあったのか、と思うくらいの量を宦官達は隠し持っていた。

廠はすべてを没収し、戦費の他には、この公衆衛生に注ぎ込んだ。

まずは、安全と衛生が、第一なのだ。

廠は、それを蜀領内に示した。


「まあ、清潔なのはいいことだよ、織」


そういうと、織をまた抱き寄せる。


「一度じゃ、足りない」

「廠…」

織が頷くと、廠は再び重なりあっていった。

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