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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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45/84

45.最強の将軍たちを従えて。異世界皇帝・劉禅が『戦のない世』を望む理由

廠は魏延の位置まで後退していた。

もはや陽動の段階ではない。戦況はすでに本格化し、ここからは戦術と戦略が勝敗を分ける。


廠はすでに帝装束を脱ぎ捨てていた。

今となっては、敵軍を引き付けておく意味も無い。


「陛下、よく踏ん張られました」

馬上の魏延が声をかける。


「だが、押され始めているぞ」

廠は立ったまま、静かに応じた。


「なんの。ここからが我らの真骨頂ですぞ」

魏延は馬上のまま伝令へ次々と指示を飛ばす。


廠のそばには、紅仁がぴたりと寄り添っていた。


「陛下、大丈夫です。きっと兄上がやってくれます」

「ああ、分かっている」


重装歩兵の損耗はほとんどない。

そもそも、こちらは全軍で押し込まれる形を意図的に作っていた。

無理な攻勢は一度も仕掛けていない。

広大な魏軍は押せると見れば押し広がる。


だが、その圧力がふっと薄れたのを、廠は肌で感じた。


――何かが起きた。


「これは……」


廠がつぶやくと、魏延が目を細めて言った。


「陛下。姜維が、紅陽が、やったのかもしれません」

「本当か!」


ほどなくして、魏軍は総崩れとなった。


「陛下、追撃に移ります」

魏延は馬を返し、指示を飛ばしながら駆け去っていく。


紅仁が廠のそばへ歩み寄った。

「我らも行きましょう、陛下」

「ああ、行こう」


何が起きたのか、細部まではまだ分からない。

だが――勝利したことだけは、疑いようがなかった。




----



姜維は、司馬懿の首を跳ね飛ばした後で、首を掲げて走り回った。


「敵将、司馬懿。この姜伯約が討ち取った」


敵は総崩れだった。

総大将を失った魏軍は、波が引くように、長安方面へ撤退していく。


「陛下に注進。敵将、司馬懿討ち取ったり。長安まで追撃に移る」


伝令が復唱して駆け出していった。


「やりました、丞相」

天に向かって、姜維は言った。


「やりました、趙雲様」

趙雲の槍を高く掲げた。



----



織は、朧からその報を成都の宮殿の居室で受けた。

かすみも傍らに控えている。


「やったのですね。ついに」

「ええ」


織は静かに立ち上がった。

「私たちも出立しましょう」

「はい」


織はすでに普段の皇后の衣ではなく、遠征用に誂えた装いへと着替えていた。

今回の戦に勝てれば、雍州も涼州も靡く。

その後は、長安を落とし洛陽へに向かっていくことになる。

その覚悟で臨んでいた戦だった。


漢中は長安や洛陽を睥睨できる要衝であり、今後を見据えるなら、宮中や政務の機能を移す方が何かと都合がよかった。

ゆえに宮殿は空にするつもりだった。

近衛兵は全員連れ、同行できる宮人もすべて連れていく。

残る者は成都に平民として暮らさせる。

織は、この戦に勝つことを前提に、すべての準備を整えてきたのだ。


そして、織を中心とした長い行列が、静かに成都を発った。



----



魏軍は総崩れとなり、戦場一帯には土煙が立ちこめていた。

姜維は紅陽と肩を並べ、馬上から追撃戦を展開する。

二人の槍先は、逃げ惑う敵兵を次々と突き崩していった。


「長安まで一気に押し込むぞ」


姜維の声に、紅陽率いる騎馬隊が一斉に応じ、敗走する魏軍を追って長安目前まで迫る。


「ここだ」


姜維は馬を止め、長安手前の原野に陣形を敷かせた。


「姜維殿、本隊を待つのだろう」

「ええ、紅陽殿」


その時、長安の城門が軋む音を立てて開き、敗走兵が雪崩のように城内へ逃げ込んでいった。

城門の向こうに吸い込まれていく兵の影を見つめながら、姜維は静かに息を整える。


長安の防備は異常なまでに固い。


たとえ、本隊が到着したとしても、破るのには相当の年数がかかるはずだった。

馬の上で、城門に吸い込まれていく魏兵を眺めていると、紅陽が近づいてきた。


「やりましたな、姜維殿」

「紅陽殿がおらねば、司馬懿の首には届かぬところでした。まことに感謝いたします」

「いえ、姜維殿のお力です」


姜維は、乱戦から単騎で抜け出し、司馬懿の首を狙った。

何重にも重装備の近習が司馬懿を取り囲んでいた。

さすがに無理かと思ったが、横から紅陽が、その近習の壁を喰らいつくすように、削り取ったのだ。

その瞬間の空隙を逃すことはできなかった。


明日には、魏延率いる蜀軍本隊が合流してくるだろう。

姜維は、夜襲に備えて、もう一度陣を整えはじめた。



----



夜明け前の冷気が、原野に薄く漂っていた。

魏延率いる本隊が長安手前の陣へ到着したのは、まだ空が白み始める頃だった。


「姜維、紅陽殿、よくぞここまで押し込んだ」


魏延が馬を降り、姜維と紅陽に歩み寄る。二人は簡潔に頷き、昨夜の戦況を伝えた。


「陛下は?」」


紅陽が尋ねると、魏延が言った。


「陣の外で、重装歩兵と待機している」


紅陽は、頷くと、陣の外へと向かった。



劉禅こと、廠は、胡床に座って、焚き火に手をかざしていた。

仁は、廠の傍らに立ってあたりを見回している。

紅陽が近づき、声をかける。


「陛下」

「おお、紅陽」

「兄上、まこと見事な勝利でございました」

「仁、お前が陛下を守ってくれているおかげで、俺は戦場を暴れることができる」

「陛下は、もはやひとかどの武将なれば、共に戦っただけです」

「そうだな」

「まあ、座れよ」


胡床が二つ新たに用意された。


「紅陽、ここに来るまでに、もうすごい数の死体を見た」

「ほとんどが魏軍のものでございますな」

「大勝利かもしれないが、なんだか、もう…こんな戦、終わりにしたいな」


廠が焚き火を見つめたまま呟くと、紅陽はしばし黙っていた。

火のはぜる音だけが、夜気の中に小さく響く。


やがて紅陽は、静かに口を開いた。


「陛下が…」


廠が顔を上げる。


「陛下が、天下に号令するお立場になればよいのです」


紅陽の声は、決して大きくはなかった。


「天下に号令だと?」


「はい。陛下が御心のままに治められれば、無用な戦など起こらぬ世となりましょう」


仁もまた、そっと頷いた。


「兄上も、姜維殿も、魏延殿も皆、陛下のために戦っております。陛下が望まれるなら、天下は必ず応じましょう」


廠は焚き火にかざした手をゆっくり下ろした。

炎の揺らぎが、彼の瞳に映る。


「漢王朝の復興、か…そんな日が来るのだろうか」

「来ますとも」


紅陽は迷いなく言った。


「陛下が望まれるなら、必ず」

廠は答えず、ただ炎を見つめていた。



----



長安の城壁は、朝日に照らされてなお、黒々とそびえ立っていた。

姜維は城門を遠望しながら、廠と魏延、馬岱を前に静かに言った。


「やはり、今の兵力では落とせませぬな」


長安の守りは異常なまでだった。

蜀軍は三十万を追撃し、討つだけ討った。

その残兵を吸収した形で、長安にはもとから配置されていた兵と合わせて、四十万近くの兵がいる。

対する蜀軍は、全軍で八万弱だった。

お互いに兵站の心配は無い。

長安より西は、すでに蜀領内と言ってもよかった。


魏延が腕を組んでうなずく。

「ここは一度、腰を据えるべきだな」


廠はしばらく黙って、長安の城壁を見つめていた。

それから、魏延達に振り返って言った。


「じゃあ、もう少し西に、新たな駐屯地を築こう」

「兵が整うのを待つのですな?」

「ああ、雍州と涼州が完全に帰順し、あれを攻められるだけの兵が揃うまでは、ここで膠着を保つ」


三人が拝礼した。


「で、だ。涼州は馬岱、魏延は雍州をそれぞれ面倒見てもらっていいか?」

「それは、牧ということにございますか?」


馬岱が聞き返してくる。


「そう。で、姜維は駐屯地を見ておいて」

姜維が深く頭を下げた。

「承知いたしました。私がここに残り、陣を固めます」


魏延が一歩進み出る。

「陛下。雍州の統治は、私にお任せいただきたい。あの地は、兵も民も荒れております。まずは秩序を戻さねば」


馬岱もまた、静かに膝をついた。

「涼州は、私が預かりましょう。あの地は馬家の縁も深い。必ずや陛下の旗に従わせてみせます」


姜維が言った。

「陛下は、一度漢中へお戻りください。成都からの移転もほぼ完了しているとのことです」


「ああ。分かった」


織が漢中に来ていた。

宮殿の機能ごとだ。

今後は一旦そこが自分の帰るところになる。


焚き火の残り香が、ふと廠の鼻をかすめた。

昨夜、屍の山を前に感じたあの冷たい感覚が、再び胸の奥で疼く。


廠は馬に乗り、漢中へ向けてゆっくりと歩み出した。

紅陽と紅仁が後にぴったりと続く。


(…歴史は改変されている。これからどうなるかはもう俺にも分からない)


背後には、長安の巨大な城壁がそびえたっていた。

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