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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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34/84

34.兵糧が途絶えた前線。泥まみれで現れたのは、身分を隠した皇帝だった

山道を埋めるように、輜重隊が続いていた。

俵を積んだ牛車、俵を背負った人夫、濡れた縄を握りしめる若い兵。

列は一本の生き物のように、ゆっくりと、しかし止まらずに進んでいく。


雨に打たれ続けた俵は重くなり、縄は手のひらに食い込み、皮がむけて血が滲んでいた。

それでも誰も声を上げない。声を出せば、気力が削れるだけだと知っている。


前方で、牛が膝を折った。荷の重さに耐えきれず、泥の中に沈む。

人夫が三人がかりで押し起こそうとするが、牛は目だけを動かし、もう立つ気力もなかった。


列の端では、俵を抱えたまま動かなくなった者がいた。

雨に打たれ、泥に半ば埋もれ、それでも俵だけは離していなかった。

仲間がその横を通り過ぎるとき、誰も目を合わせなかった。


谷底では、濁流が轟いていた。

落ちた俵が流され、その後ろを、人の影が追うように沈んでいく。

助ける余裕はない。助けようとすれば、列が止まる。


「廠殿…間に合わないって…」

「姜延、踏ん張れ」

「廠殿こそ」

紅陽が先頭に立ち、輜重隊の指揮をしている。

全体で十隊ある輜重隊の半数は民間の労働者で構成されていた。

半数は兵士で、軍の規律を守らせるためにも必要だった。

紅陽が率いるのは、全員が近衛兵で形成された十一隊目である。


前を行く輜重隊のほとんどが脱落していた。

追い越すようにして紅陽が、輜重隊の道を確保している。

「ひでえ雨だ」

廠は、ぶつぶつ言いながらも、輜重車を手で引いていた。

姜延は馬に乗って輜重車を引いている。

二人とも、近衛兵に勝るとも劣らない気力と体力を兼ね備えていた。

「陛下、もう少しのはずです」

「紅陽、わかっていると思うが、着いてからは、知らない人の前で陛下って言うなよ」

「御意」

山道は、あちこちが泥濘になっていて、動きを取られる。

「うわ」

廠が倒れ込みそうになっているが、姜延が馬から手を伸ばして支えた。

「あぶねえ、助かった」

「廠殿、馬を使えばいいのに…」

「気分だよ、歩兵の気分を味わうのだよ」

「全く…」

その姿を見て、少しだけ紅陽は安堵した。


ーー



「近衛兵が直接兵糧を運んでくるとは」

諸葛亮は、輜重隊を率いてきた紅陽に向けて言った。

紅陽は拝礼する。


「は、陛下のご下命でございます」

「陛下が?」

「成都と漢中の往復調練の折、ついでに前線へ兵糧を届けよと命じられました」

「そうか、陛下が」


劉禅が負傷から復帰して以来、人が変わったようだという報告はすでに耳にしていた。

政に関心を示し、軍務についても折に触れて確認している。

宦官誅滅も、劉禅自ら近衛兵を率いて断行したという。

前線への兵糧輸送が滞っていることなど、以前の劉禅なら気にも留めなかったはずだ。


張皇后の影響か。

諸葛亮はそう考えた。

皇后は朧という諜報部隊を抱え、独自の情報網を全土に張り巡らせている。

その皇后と劉禅が、近頃は実に仲睦まじいという噂も聞こえていた。


「紅陽殿、助かりました。兵を飢えさせたまま退くところでした」


陣のあちこちで、釜の湯気が白く立ちのぼっている。

兵たちは久しぶりの温かい飯に、ほっと息をついていた。


紅陽への礼を述べたあと、諸葛亮はふと周囲を見回した。

廠と呼ばれていた男と目が合った。

「廠殿と話がしたいのですが」

紅陽が一歩前に出る。

「廠も、私と共におりますればよろしいでしょうか」

「構いません」

諸葛亮は軽く頷いた。


諸葛亮が幕舎に入ると、紅陽が静かに後へ続いた。

さらにその後から、廠、と呼ばれていた男が入ってくる。

「どうぞ」

紅陽が席に着くと、その隣に廠も腰を下ろした。

「改めて今回の任務、ご苦労でした」

「は」

諸葛亮はそこで、ふと短い沈黙を置いた。

そして、まるで空気の温度を変えるように問いかけた。

「ところで……」

廠を見て言った。


「貴方は、誰なのです?」


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