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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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近衛兵、漢中へ:あまりに軽い出陣許可

諸葛亮率いる蜀軍が、祁山のふもとで、魏軍を打ち破った。

紅陽が報告を受けているのを、廠は横で聞いていた。

伝令は、成都に駆けていった。


「倍近くの兵を打ち破ったのか」

廠は隣にいる、紅陽に話しかけた。

「丞相は大変軍略にも抜きんでています。そこに蜀軍の精強が加わったのでしょう」

紅陽は成都から近衛兵五百騎を率いて、漢中に向かっていた。

軍を率いて、戦場に出ることを許されたのだ。



ーー



廠が、目覚めた後の事だった。

その日の朝、織と共に居室で、内政の承認を行っていた時だった。

紅陽がやってきた。


「陛下、お願いがございます」

「なんだ、改まって」


廠は、筆を書く手を止めて言った。

紅陽は深く頭を垂れ、しばし言葉を選ぶように沈黙した。


「…どうか、戦場へ出る許しを賜りたく存じます」

「戦場へ?」

「はい」

「え、むしろ、今まで出てなかったの?戦場」

「宮殿に赴いてからは、ただの一度も…」


近衛兵は、劉禅が出陣しなければ、戦に出ない。

当たり前だった。

帝を守るための近衛兵なのだ。


「ここに来る前は?」

「張飛将軍の軍にいました」

「あ、そう。いいよ」


廠が、いいよ、と言った瞬間、紅陽の肩がわずかに跳ねた。

あまりに軽い返答に、頭を上げることすら忘れる。


「……は?」


声が裏返り、紅陽自身が驚いたように口を押さえる。

廠は気にも留めず、再び筆を走らせていた。


「いつ行くの?」


さらりとした口調。


紅陽は、返事を探して口を開けたり閉じたりする。

許しを請うために、何日も言葉を練り、覚悟を固めてきた。

叱責されることも、理由を問われることも覚悟していた。

だが、こんなに簡単に通るとは思っていなかった。


「は、いつとは……その……」

「戦に出るんじゃないの?今、魏軍とぶつかってるんだろ?それとも呉?」


廠は淡々と確認するだけ。

紅陽の胸の内の重さなど、まるで見えていないように思える。


「あ、そ、それは……」


紅陽は完全に調子を崩していた。

許可を得たはずなのに、なぜか追いつけない。

自分だけが深刻で、場の空気があまりに平常すぎる。

その落差に、紅陽はただ戸惑うしかなかった。


----


久しぶりだった。

まずは近衛兵一千騎を半分に分けて、漢中から成都までの往復の調練を開始した。

後から、残りの五百の近衛兵を実弟である紅仁が率いて漢中までやってくる。


残りの一千騎の近衛兵は宮殿に残した。

皇后である織がいるのだ。空にはできない。


皆、身体がなまっている。いきなりの実戦の前に、駆けさせたかった。

その調練に廠がついてきた。

親征では無かった。

あくまでも廠という兵士として随行してきた。

他の者に知られれば、親征だの、なんだの騒ぎになる。


廠の傍らには、姜延がいた。

新兵の調練終了後、紅陽が近衛兵に引き上げた。

蜀領内の寒村の出だという。今回の募集した新兵の中にいたのだ。

身分を隠して調練に紛れた廠と共に、最後まで訓練を終えた。

調練中に、付近の村が賊に襲われた時、その足の速さをいかして伝令に走った。

それだけではなく、馬の扱いも巧みだった。

紅陽が率いるのは騎馬隊で、馬の扱いが巧みな者しか入れない。

紅陽が一番欲しいのは、体格に優れるものでも、武器の扱いが優れているものでもない。

馬の扱いが手慣れたものでないと、戦場で一体となって駆け巡ることができないのだ。


目指しているのは、張飛将軍が率いたあの騎馬隊だった。

ひとたび戦場に出れば、縦横無尽に駆け巡り、何倍以上の敵を圧倒してきたのだ。


定軍山が見えてきた。

途中で馬を替えて、成都から四日で到着した。

ここで陣を張るかどうか悩んだ。

あと半日で、漢中に着く。


「紅陽、あとどれくらいだ?漢中まで」

「はい、あと半日もあれば」

「行こうぜ」

「はっ」


紅陽は、五百騎の先頭に立ち、馬を走らせた。


漢中に着くと、幕舎から李厳が出てきた。

「近衛兵が調練のため、というのは聞いております。李厳と申します」

「紅陽でございます」

李厳は、兵糧輸送担当者で、今回の戦の兵站を全て担っている。

「邪魔にならない位置に陣を張らせていただきます」

「かしこまりました」

退室しようとすると、伝令が駆け込んできた。


「丞相より伝令です、兵糧の追加を急ぎ届けよとのことです」

「分かっているが、これを丞相に」


伝令は李厳がしたためた書簡を受け取るとすぐに発った。

李厳がしたためた書簡には、長雨により、道悪く、輸送困難とある。

墨は乾ききらず、端が滲んでいた。

紅陽はそれを見送ったあと、幕舎の外に出た。


輜重隊が列をなしていた。

漢中を出て、武興を過ぎてからの山道が険しい。

その山道がこの長く降り続く雨で、崩れる。

途中、濁流になっている個所もあり、輸送は困難を極めていた。

もう何十人も、兵糧輸送中に死んでいた。

あるものは川に流され、俵を抱えたまま動かなくなった者もいた。


何があっても、兵糧を前線に運ぶのが、李厳の任務だったが、李厳は、何度も諸葛亮に撤退を要請していた。

兵士達が死んていくのを見るのが耐えられなかったのだ。


紅陽は、廠も連れて陣中を歩いていた。

倉があった。


「紅陽、これって兵糧倉?」

「そうです」


廠が訊ねてきたので、答えたが、兵糧は十分にあるように思えた。


「前線はどうなっているんだ?」

さらに廠は聞いてきた。


「兵糧が途絶えている可能性があります」

「雨のせい、か」

「そうです」


少し考えた後、廠は言う。

「紅陽」

「はい」

「俺らで運ぼうぜ」


廠がそう言うと、紅陽は思わず言ってしまった。

「は?」

「これも調練と思って、やろうぜ」

「廠殿、危険です」


姜延が後ろから口をはさんできた。

「近衛兵がやることではありません」

「でも、前線の兵が飢えているんだろう?」

「…それは、そうだと思いますが」


柔和な顔つきだった廠が真顔になる。


「俺が行くといったら、近衛兵はついてくるよな?」

「…当然です、陛下を守るのが我々の役目」

「じゃあ、行く」

「本気ですか?」

「しつこい」

姜延がやれやれ、といった感じの仕草をした。

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