【絶体絶命】盗賊襲来!名もなき新兵として散る覚悟
明日で調練が終わる。
その区切りを前にした朝は、どこか張りつめた静けさがあった。
廠と姜延は、最終日の課題として、付近の村までの往復走を命じられた。
まだ薄い朝靄の残る道を駆けていた。
冬の気配を含んだ空気が肺に刺さる。
二人とも無言だが、足取りには確かな自信があった。
村の屋根が見え始めた頃だった。
風向きが変わり、焦げたような匂いが鼻をかすめる。
「煙?」
姜延が足を緩め、廠も続く。
村の外れから、黒い煙がゆっくりと立ちのぼっていた。
ただの焚き火ではない。空気がざわつき、鳥が一斉に飛び立つ。
次の瞬間、遠くから悲鳴が響いた。
「廠、急ぐぞ」
姜延の声は低く、しかし迷いがなかった。
二人は視線を交わすと、調練の疲れなど忘れたように再び走り出した。
村の門に近づくにつれ、荒々しい怒号と金属のぶつかる音がはっきりと聞こえてくる。
村が、襲われている。
廠の胸に、熱いものが込み上げた。
調練最終日が、まさかこんな形で試されるとは思わなかった。
盗賊は十数人。
こちらは廠と姜延の二人に、武器もまばらな村人たちだけ。
最初の衝突こそ勢いで押し返したものの、すぐに形勢は明らかになった。
村人たちは必死に鍬や棒を振るうが、相手は刃物を持ち、動きも慣れている。
押されるたびに土煙が舞い、悲鳴が混じる。
廠は歯を食いしばりながら盗賊の一人を払いのける。
すぐ隣で構える姜延に声を張った。
「姜延、戻れ! 調練場まで走って、援軍を呼んでこい」
「でも廠を置いていけるか」
「お前のほうが足が速い。お前が行くしかない」
「くそ。必ず戻る。死ぬなよ」
姜延は一瞬だけ迷いを見せたが、姜延は踵を返し、土を蹴って走り出した。
ーー
紅陽が調練の様子を見に来るが、廠は見当たらない。
ふと、遠くの方で、煙が上がっているのが見えた。
「あれは…」
確か、村が点在していたはずだ。
紅陽は、異変を察知し、その方向に向かって駆けだした。
ーー
右から敵。
左の敵は突き崩したはずだった。
初めての実戦。
廠の手は汗で湿り、槍の柄が重く感じる。
相手は剣。
粗末な布を巻いただけの腕、腰には盗んだらしい袋。
どう見ても盗賊だった。
間合いを測る。
相手の肩がわずかに沈む。
振りかぶる合図。
廠は反射的に槍を突き出した。
だが、空を切る。
手ごたえがない。
躱されたと気づくより早く、背中に鈍い衝撃が走った。
息が漏れ、膝が折れそうになる。
斬られたのだと理解したのは、身体が前に倒れ込んだ瞬間だった。
振り返りざまに槍を振るう。
だが、そこには三人。
いつの間にか囲まれていた。
(……ここで、死ぬのか。俺は……)
右から剣が迫る。
廠は槍を構え直すが、腕が震えている。
視界の端で、別の影が動いた。
左からの剣が、肩口に深く食い込んだ。
熱とも冷たさともつかない感覚が一気に広がり、力が抜ける。
膝が地面に落ちる音が、やけに遠く聞こえた。
握っていた槍が指の間から滑り落ちる。
呼吸が浅くなる。
胸が上下しない。
世界の輪郭がぼやけていく。
(……まだ……終われない……織…紅陽…かすみ…俺は…)
廠は地面に手をつき、必死に身体を起こそうとする。
だが腕が言うことをきかない。
土の匂いだけが、やけに鮮明だった。
盗賊の影が迫る。
剣が振り上げられる。
その軌跡が、妙にゆっくりに見えた。
ーー
同じ頃、姜延は村を飛び出し、調練場へ向かう山道を全力で駆けていた。
息は荒く、肺が焼けるように痛む。
それでも足を止めることはできない。
背後で聞こえた悲鳴や金属音が、まだ耳に残っている。
振り返りたい衝動を必死に押し殺し、ただ前だけを見る。
調練場の門が視界に入った瞬間、姜延は声を張り上げた。
「村が襲われている、廠が、援軍を、早く」
訓練中の兵たちが一斉に振り向き、指揮官が険しい顔で駆け寄ってくる。
姜延は息を切らしながら状況を伝え、指揮官はすぐに号令を飛ばした。
「全員、武装して出るぞ!急げ!」
兵たちが動き出す音を背に、姜延は拳を握りしめ、再び走り出した。




