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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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泥と棍棒

夜露がまだ地面に残る薄明の刻。

教官の怒号が、丘の空気を裂いた。


「走れ、死にたくなければ走れ」


新兵たちは一斉に駆け出す。廠もその列に混じり、息を整える暇もなく脚を動かした。


最初の課題は、丘を三度駆け上がり、三度駆け下りるだけ。

そう説明された。

「走るだけか」

廠は、思わずつぶやいた。

走り始めると、坂は急で足場は悪い。

石が転がり、土はぬかるんでおり、想像以上の過酷さだった。


転べば後ろから来た者に踏まれる。

息が切れれば置いていかれる。

置いていかれれば、教官の棍棒が飛んでくる。


「遅い。そんな足で戦場に立てるか!」


廠の背に、乾いた衝撃が走った。

棍棒だ。


(痛え…帝として座っていた時には、こんな痛み知らなかったな…)


だが、誰も彼を庇わない。誰も陛下と呼ばない。ここでは、廠はただの一兵卒だ。


二度目の登りで、前を走っていた若者が足を滑らせた。

転がり落ち、悲鳴を上げる。教官は一瞥しただけで言い放つ。


「立てない者は置いていけ。死ぬのは勝手だが邪魔をするな」


廠は思わず足を止めかけた。だが、横を走る男が低く言う。


「助けるな。巻き込まれて死ぬぞ」


その声に、廠は唇を噛んで走り続けた。

胸の奥が焼けるように痛い。

息が喉を裂く。

足は鉛のように重い。


三度目の下りを終えた頃には、すでに数名が動けなくなっていた。


「次は腕立てだ。百回終わるまで立つな」


地面に手をつくと、冷たい土が掌に貼りつく。

廠は震える腕で体を支えた。


一回、二回、三回。

腕が悲鳴を上げる。

肩が焼けるようだ。


(やべえ…マジで、きつすぎる…なんなんだ、これは…)


だが、隣の男は歯を食いしばりながら続けている。


(みんな…死ぬ覚悟で来ているんだ…)


五十回を過ぎた頃、廠の腕は完全に感覚を失った。

だが、教官の声が飛ぶ。

「止まるな、止まったら死ぬぞ」


死ぬ。


その言葉は脅しではなく、事実として響いた。


廠は、腕が折れそうな痛みに耐えながら、泥に顔を押しつけるようにして続けた。

百回目を終えた瞬間、視界が白く弾けた。


「よし、次は組手だ。倒れるまでやれ」

教官の声が遠くに聞こえた。


(これが…調練…)

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