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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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生存率五割の地獄――皇帝、死の調練へ挑む

「お呼びですか?」

織がかすみを伴って、居室に入ってきた。


「ああ、実は…」

紅陽にした話を、織とかすみにも聞かせた。



「なるほど、陛下が知るにはいいことだと思いますが」

「どうした?織」

「…蜀の歩兵の調練は、死の調練と呼ばれるほど、厳しいものです」

「死の調練」

「はい。…わが父が、先帝と原野を駆けまわっている頃から続く、蜀軍の伝統となっております」

「そうなのか」

「ですので、生半可な覚悟では、調練にはついていけないと思います」

「だけど、新兵なんだろう?みんな」

「はい。手加減はしません。その調練で、約半数が死にます」

織は、冗談を言っているわけではなさそうだ。

だが、それを聞いたからといって、撤回するわけにはいかない。

「俺はやってみたい」

「陛下」

「もし俺が死んだら、身代わりを立てて、これまで通り、蜀のために尽くしてくれ」

「そういうわけには、参りませぬ」

「だめなのか?」

「だめ、というよりは」


織が近づいてきた。


「貴方を失いたくない」

廠は、どきっとしたが、気を取り直して言う。

「…俺さ、織に助けられた時に思ったんだ」

「廠」

「守るどころか、みんなに守られてるってね。それがどうも、情けなくて」

「それが私の役目よ」

「分かっているけど、せめて、蜀軍の一兵卒くらいの強さは手に入れたい」

「廠…」


横で聞いていた紅陽が言った。

「陛下、お考えは分かりました。今募集中の新兵の中に紛れるのが一番簡単だと存じます」


「紅陽」

「無論、監視はつけさせていただきますぞ」

「え?いる?」

「当然です」

「まあ、それでもいいか」


それから、蔣琬も呼び、不在の間どうするかを決めた。

とはいっても、劉禅がいなければ、どうにもならないような事は何も無かった。


「有名無実、か…いや、暗君か」

廠がそうつぶやくと、蔣琬はなんとも言えない表情をした。

「陛下、いかがなされました?」

「いや、なんでもない」

「まあ、わたしごときがとやかく言う事ではありませんが、新兵の調練など外からご覧になればよろしいのではないでしょうか?」

「実際に、中に入らないと、本当のところが見えないだろう?」

蔣琬には、劉禅の中身が自分だという事は話していない。

いきなりの申し出に訝しがんだが、織が出てくると、それ以上何も言わなかった。



翌朝、まだ空が白み始めたばかりの頃。

廠は粗末な麻衣に身を包み、髪も結い直して、名もなき若者の姿になっていた。鏡に映る自分は、どう見ても皇帝ではない。

むしろ、どこにでもいる、痩せた新兵の一人にすぎなかった。


「廠、準備はいい?」

織が言った。

「ああ。似合ってる?」

「ええ、どうみてもただの新兵よ」

かすみは黙って廠の肩紐を直し、紅陽は遠くから周囲を警戒している。

「行きましょう。集合は城外の北の丘です」

織が先に歩き出す。

廠は深く息を吸い、案内すると言った、織の背を追った。


----


北の丘には、すでに数十名の若者が集まっていた。

皆、緊張と恐怖と期待を混ぜたような顔をしている。


廠はその輪にそっと紛れ込んだ。

誰も彼が皇帝だとは気づかない。

「おい、新入り。顔色悪いぞ」

隣の男が笑いながら肩を叩いてきた。


廠は思わず返す。

「緊張してるだけだよ。死ぬかもしれないんだろ?」

「ははっ、分かってんじゃねえか。半分は死ぬらしいからな」

軽口のようでいて、冗談ではない。

その言葉に、廠の背筋がひやりとした。


やがて、地を揺らすような足音が近づく。

蜀軍の新兵調練の教官たちだ。

その先頭に立つのは、織の父と同じ世代の、鋼のような男だった。

「これより調練を始める」

その声は、丘の空気を一瞬で変えた。


廠は拳を握る。

皇帝としてではなく、一人の男として。

守られる側ではなく、戦う側として。


今日から始まるのは、死ぬかもしれない日々。

だが同時に、廠が初めて自分の足で立つための戦いであるのだ。


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