十一番目の輜重隊 ――丞相、驚愕す
祁山のふもとで、蜀軍は魏軍を破った。
倍する敵兵を原野で撃ち破ったのだから、大勝と言ってよい。
しかし、問題はその後だった。
司馬懿は雍州の内部に深く陣を固め、徹底して動かない。
蜀軍は雍州へ踏み込み、祁山で一度は敵を退けたものの、それ以上の前進ができずにいた。
とはいえ、魏軍は自領内に蜀軍を抱え込む形となっている。
この膠着が一年も続けば、雍州の民心は蜀へ傾くだろう。
豪族たちが蜀に呼応して蜂起する可能性も高い。
だが、その一年が長い。
このままでは、自軍の兵糧が尽きるのだ。
雨の影響で漢中からの兵糧の輸送が滞ってきた。
輸送担当者である李厳からは、撤退の要請が来ていた。
ついに兵糧が途絶えた。
諸葛亮が言った。
「撤退する」
くやし涙を流す諸侯にむけてそう言った。
その時だった。
「兵糧が届いたぞ」
誰かの叫びが陣中を駆け抜けた。
兵士の一人が息を切らして走り寄る。
「丞相、兵糧を運ぶ輜重が到着しました」
「そうか」
「およそ三日分かと」
「分かった。見に行こう」
三日分では、司馬懿が動くとは思えない。
だが、撤退する兵たちの腹を満たすには十分だ。
「直ちに皆に分け与えよ。その後、陣払いの準備にかかれ」
「はっ」
そこで、ふと胸にひっかかるものがあった。
把握している輜重隊は十隊。
つい先ほど、その十隊目がほぼ壊滅したという報が届いたばかりだ。
今しがた到着したというのは、数に合わぬ“十一隊目”になる。
李厳が新たに編成したのか。
だが、そんな報告は受けていない。
諸葛亮は、輜重隊が到着するたびに必ず自ら検分に赴いてきた。
行けば、何が起きているのか分かるはずだ。
諸葛亮は、新たに到着した輜重隊の姿を捉えた。
近づくにつれ、隊列の中から声が聞こえてくる。
ひときわ大柄な男が、共に荷物から俵を下ろしている二人に向かって話していた。
「戦は、撤退が決定されたようです」
「へい…いや、廠殿、だから、間に合わないと言ったのです」
「いや、だってさ、ここは兵糧さえあれば、なんとかなるんじゃないかって」
「しかし、あの雨の中、よく持ちこたえました」
「訓練の成果が出たな」
「足腰は鍛えられましたからね」
「で、これ、どうすんだ?」
「陣中に運びます。すでに兵糧が尽きて三日目だそうです」
大きい男が言う。
「急ぐか」
「御意」
「了解」
隊長と、その補佐らしき武将と、もう一人の指示で、輜重隊が兵糧を配っている。
輜重隊とは思えないしっかりとした足取りだった。
「あれは」
大きな男は、成都の宮殿で、何度か見かけた。
確か近衛兵長だったはずだ。
名は紅陽。何故ここにいるのだ。もう一人は、よく分からない。
そして、もう片方は。
「馬鹿な…」
顔が劉禅にそっくりだった。
だが、似ているのは顔だけで、他は違った。
引き締まった体に、手足の動かし方。
それに、自ら輜重を運んでくるような体力や腕力があるとは思えなかった。
「まさか」
自分も長きにわたる滞陣で疲労しているのだ、と思った。




