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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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20/40

皇后はすべてを知っていた

近衛兵五十名が、ほどなく集結した。

紅陽は一歩前に出て、声を張る。


「陛下より、勅命を承った」


手にした紙を広げる。


「逆賊・黄皓、ならびにその配下の宦官どもを、討ち果たせとの御沙汰である」


「おうっ!」


近衛兵たちは、一斉に鬨の声を上げた。


紅陽は先頭に立ち、兵を率いて宮殿を出る。

目指すは、宦官たちの居する別殿。


五十の足音が石畳を打ち、隊列は勢いのまま駆け抜けていった。


だが。


別殿の正門が見えた瞬間、紅陽は眉をひそめる。

入口には、予想外の数の兵が、すでに陣を敷いて待ち構えていた。



「黄皓」


紅陽が名を呼ぶと、返事の代わりに笑みが返ってきた。

黄皓は、宦官殿の上階――高窓の縁に立ち、見下ろしていた。


「これはこれは、紅陽殿。いかがなされた?」

「黄皓。勅命だ。逆賊であるお前たちを、ことごとく討ち取れとの御沙汰だ」


その言葉を聞くと、黄皓は声を上げて笑い始めた。


「何を申される。それは、貴様が勝手に玉座に据えた、傀儡の言葉であろう」

「……何?」

「真の陛下は、こちらにおられる」

「何だと」


黄皓が一歩退く。

するとその背後から、小太りの男が、重々しい装束をまとって姿を現した。


「このお方こそ、まことの劉禅皇帝陛下である」

「戯言を――」


紅陽は吐き捨てる。


体格を似せただけの、まがい物。

顔立ちは似せようとした痕跡はあるが、どう見ても別人だ。


だが。


皇帝・劉禅の顔を、真正面から直視できる者は限られている。

近衛や下級の兵に至っては、拝謁の際も伏目が常だ。

知らぬ者には、真偽の判別などつきようもなかった。


「勅命により、全員討ち取る」

紅陽はそう言って、方天戟を構えた。

かつて、この国には、呂布奉先という武将がいた。

天下無双と名高いその男は、おのれの武のみを信じ、武に殉じた。

その記録だけを頼りに、同じようなものを鍛冶屋につくらせたのだ。

紅陽は方天戟を横に構え、走り出した。


方天戟を振る先で、血が飛ぶ。

向かってくる敵を、次から次へと方天戟で首を飛ばしていく。


ついに、この日が来たのだ。


紅陽は、方天戟をふるいながらそう思っていた。

この宮殿に、張皇后とかすみと来てから、毎日、来る日も来る日も耐え忍んだ。


いつかきっと、機会はある。

そう信じて、鍛錬だけは怠ってこなかった。

敬愛する張飛将軍の息女がむごい仕打ちを受けていても、かすみとふたりで慰め、耐え忍んできたのだ。


そして、麾下の兵たち。

張飛将軍の元で、共に鍛錬をしてきた。

誰一人として、死ななかった。


張飛将軍が、呉軍の手の者によって暗殺された。

その後、先帝である劉備が夷陵で大敗した。

成都に退却してきた後、全員紅陽を頼ってきたのだ。

そんな仲間達が、馬宿で寝泊まりしている時も、全員に声をかけた。


必ずや機会はある。

耐えてくれ、と。


宦官達の私兵など、ものともしなかった。

紅陽の行く先々で、首が飛ぶ。血しぶきが上がる。

麾下の兵はだれも失っていない。

皆、赤い鎧を身に纏っていた。

どれほど血を浴びようと、怯まず進めるように。


「皆殺しだ」


紅陽の咆哮と共に、倍以上いたはずの宦官私兵は、近衛兵に押し崩されていく。


「黄皓を探せ!」

紅陽は戦場に響く声で、そう叫んだ。



「こちらでございます」

かすみに連れられてきたのは、宮殿の裏だった。

「おそらく、黄皓はあそこからここまで逃げてくるかと」

左側の山のふもとの地面に、ほら穴らしきものがあった。

「抜道ってやつか」

「手勢は従者だけで逃げてくるはずです、そこを討ち取りましょう」

かすみが言う。


織は、裕介のそばにぴたりとついている。

織は、歩兵の将校そのままの装いだった。

黒く艶を帯びた鉄札の胸甲に、濃紺の短袍。

兜はつけていなかった。


かすみは、濃紺の小袖に鼠色の股引を締め、頭巾だけを軽く巻いていた。

その装いは、忍びに近い。


裕介は、黒漆の札甲をまとい、

控えめな金具を打った兜をかぶっていた。

その装いは華美ではない。

だが胸甲の厚みと、腰に下がる刀が、

戦に臨む者であることを静かに示していた。



紅陽は、叫んでいた。

殺し尽くせ。

逃げ惑う宦官、女。

全てを方天戟でねじ伏せていく。

悲鳴が飛び交い、血しぶきがあがる。

「黄皓はどこだ」

宮殿は広かった。

麾下の者も手分けして探している。


「仁」

「兄上」

見ると、手に首をぶらさげている。

「黄皓はいたか?」

「見当たりません」

「くそ」

辺りを見渡す。

麾下の兵は一人も失わず、宦官達を圧倒していた。

「探すぞ」

紅陽は、走り出した。


坑道を走る。

光が見えた。

「ここじゃ」

ついてくる従者に声をかける。

梯子を上る。

地上に出て、従者と共に歩く。

ここまでは追ってこれまい。

今のうちに逃げる。

前を見ると、人影が見えた。


「…お前たちは」

「黄皓」

「へ、陛下…い、いや、お、お前は誰だ」

「誰だっていいだろ」

「何だと…」


「黄皓様」

従者が剣を抜く。

「斬り捨てろ」

黄皓がそう言い放ち、従者が斬りかかっていく。

斬りかかってきた従者の首を、かすみが横から躍り出て、はねとばした。


「黄皓」

裕介が言う。

「貴様は、誰だ、何者だ」

黄皓が履いていた剣を抜いた。

裕介も、剣を抜こうとしたが、うまく抜けない。


(やべえ…結構、重てえ…どうしよう…だせえ)


「くく、剣も使えぬとは」

「…」

何も言えなかった。

とにかく重かった。

「この偽物め、どうやって取り入った」

「お、お前…」


「皇后様、目をお覚ましください、こやつめは劉禅陛下ではごさいませぬ」


「分かっている」


織はそれだけを言うと、剣を抜いた。


「皇后様」

「黄皓、勅命により」

織は佩いていた剣を抜くと、一歩踏み込んだ。


次の瞬間、黄皓の首が宙に舞った。

飛んだ首が、足元に落ちた。

裕介は、その首と目が合った。

最後まで、醜悪な面構えだと思った。



----



裕介は居室にいた。

目の前には、織、その右にかすみ、左に、紅陽。


「陛下。お話いただけますか?」

「…ああ」

織が、自分の目を見据えて言ってきた。


(…終わった。これで、俺も終わりだ…でも、最後は、ちゃんと言おう)

織の視線が、逃げ場を与えない。

かすみは息を潜め、紅陽は拳を握りしめている。

その沈黙の中で、裕介はようやく口を開いた。

「…俺は…」


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