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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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18/25

三人の沈黙、一人の執着

黄皓は、劉禅が鷹狩りを行ったという地に足を踏み入れた。

草が円形に押し倒され、不自然な空白がぽっかりと残っている。


「こちらです」

「ふむ」


黄皓は、そこに、何かが落ちていた、としか思えない痕跡を見つけた。


「確かに、何かが、ここにあった跡じゃな」

「はい」


しかし、本当に人が入れ替わるなどということがあり得るのか。

もし劉禅が殺され、別の者がその座にすり替わっているのだとしたら。

その者には、必ず目的がある。


近頃の劉禅の振る舞いを思い返す。

どうにも、自分たち宦官を敵視しているように見える。

宦官誅滅。それが目的だとすれば、誰が、何のために。


「……まさか」

「はっ」

「紅陽。あやつか……いや、あるいは皇后までもが」

「黄皓様?」


「宮殿に戻る」


黄皓は短く言い放つと、踵を返した。

いまは、とにかく思考を整理する必要があった。



----



その日の交合の後。

劉禅が寝台で静かに眠りについたのを見届けてから、織はそっと寝室を出た。

廊下には、いつものようにかすみが控えている。


「かすみ。……紅陽は」


「はい。隣の部屋に控えております」


「少し、紅陽、かすみの二人と話がしたい」

「かしこまりました」


織は自室へ向かった。


やがて、かすみと紅陽が入室する。


「お呼びで」

「座って。かすみも」

「はっ」


織の正面に、二人が静かに並んで座った。


「……あれは、皇帝陛下ではない」


織がそう告げても、紅陽もかすみも驚いた様子を見せない。

「姿、顔は同じでも、やはり違う気がしてならないの」


「やはり、皇后様もそうお考えでしたか」

紅陽が低く続ける。


「だとして……どうなさるおつもりですか」

かすみが問う。


「鷹狩りの後、倒れていた陛下を見つけたのは紅陽でしたね?」

「はい。確かにこの目で」


「不可解な点はなかったか」


紅陽は、草原で劉禅を助けたときの様子を語った。


「誰かが、陛下と別の者を入れ替えた……そういうことですか」

「可能性があるとすれば、それしか」

二人が意見を交わす中、織は静かに首を振った。


「何者かが、陛下の“身体に入った”。そうは考えられない?」

「入った?」

「理屈は分からない。けれど、もし入れ替わったのなら、本物の陛下はすぐにでも助けを求めて宮殿に戻ってくるはず」


あれから、すでに三月が経っていた。


「仮に何者かが陛下に入ったとして……どうなさるおつもりです」

かすみの問いに、織は短く答えた。


「……このままでよい」


「皇后様」

「私たちにとっては、むしろ良い方向に進んでいる気がするの」

「確かに」

「それに、陛下は政にも軍事にも興味を持ち始められた」

「蔣琬殿にも、よくお尋ねになっていますし」



「悪いことではないと思うわ」

織がそう言うと、二人は言葉を失った。


「それに……」

「……なんでしょう」

紅陽が促す。


「今の陛下は、私を本当に大切にしてくださっている」


以前の劉禅とは明らかに違う。

日々の接し方、皇后としての自分への気遣い、そして交合のときの手つき。

そこには作為ではなく、純粋な愛情があった。


「確かに、私に対しても全く違います」

かすみが頷く。


「……いずれにしても」

織は静かに言った。


「陛下は陛下。今は、このままでよいと思うの」

「かしこまりました」


紅陽とかすみは深く頭を下げ、退室した。


部屋に一人残された織は、しばらく考え続けた。


陛下とは、一体どんな人なのだろう。

自分を抱く手は、房中術のような技巧ではない。

本当に、自分を愛してくれているような、温かい手だ。


母が言っていた。

「本当に好きな相手なら、触れ合うだけで分かるものだ」と。


粗暴だと言われた父も、家では違った。

母に寄り添い、子らを気づかい、静かな優しさを絶やさなかった。

今の劉禅には、あのときの父に似た優しさがある。


そして。

交合のとき、自分の身体は確かに応えている。

このままでは、いずれ本当に好きになってしまうかもしれない。


だが、真実が分かるまでは胸にしまっておくべきだ。

織はそう思った。


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