独占の対価、抱擁の深淵
劉禅となりかわった裕介は、宮殿内の情勢や、政務についての現状把握を始めた。
よほど劉禅は、自分を取り巻く環境に興味が無かったのかが分かる。
だから、周りのいいように操られるままだった。そのことには気が付いた。
今、信用できそうなのは、紅陽、かすみ。そして、織。
あとは、転生前の三国志の知識で知っていた、蔣琬。
この4人は、国のために、蜀のために、という考えがあった。
自分は直接見たことは無いが、皆、張飛や劉備、諸葛亮など、歴史に名だたる人物に心酔して、ここにいるというのは分かった。
少しずつではあるが、劉禅の現時点での状況がつかめてきた。
周囲に促されるまま生きてきた。自分の無力さを嘆いていた。
劉備が亡くなり、趙雲が亡くなり、だが、漢王室復興という志のまっとうするため、遺志を継いだ諸葛亮が、三国統一のための戦を繰り返す。
劉禅はひらすら諸葛亮にいわれるがままだった。
そこに黄皓がつけこんだのだ。
諸葛亮の影に隠れ、己の意思を持たぬ主君。
その周囲に巣食う者たちにとって、これほど扱いやすい存在はなかっただろう。
毎日、昼には蔣琬に内政の事、国に関わる様々な事を聞いた。
夜になると、織が毎日やってくる。
夕餉をともに食べ、そこで、宮中の話をつぶさに聞くのだ。
織は武芸に秀でているが、筋肉質な身体ではない。
全体的に、ほどよく、肉がついている感じだ。
胸のふくらみも、腰の曲線も、実に女らしい。
裕介は、そんな織を毎晩抱く。
側室は、全て遠ざけていた。
そんな毎日を過ごしていたある日、黄皓が居室にやってきて、御託を述べてきた。
「陛下、正室である張皇后をご寵愛なさるのは、誠に結構ではございますが、
他の者たちも、陛下のご寵愛を受けようとして、側室となっているのでございます」
「黄皓」
「はっ」
傍にはいつも、紅陽が控えている。
そして、左の隣には織。その横にかすみ。
黄皓には、数名の侍従。
「側室を、すべて後宮から退けよ」
その一言に、侍従たちは凍りついた。
これまでの劉禅なら、決して口にしないだろう。
黄皓は、驚きに目を見開いたまま動けずにいる。
「陛下?なんとおっしゃいますか」
「お前の選んだ側室はいらぬ、と言った」
裕介としての意志が、劉禅の声に宿っていた。
「陛下、それはいかがなものかと」
黄皓の声は、いつもの柔らかさを失っていた。
その背後で侍従たちが互いに目を見交わし、誰も動こうとしない。
「聞こえなかったか」
劉禅の声音は低く、しかし揺るぎなかった。
その響きに、紅陽がわずかに目を細める。
織は息を呑み、かすみは静かに背筋を伸ばした。
「し、しかし、側室方は皆、陛下のために」
「俺のため、だと?」
裕介はゆっくりと立ち上がった。
その動きだけで、部屋の空気が一段重くなる。
「済まぬ、黄皓。俺は頭を打っておかしくなった」
「は?」
「女の好みも変わった」
「はあ」
「お前の選んだ女ではだめなのだ」
「しかし、陛下のご血筋を絶やすわけにはまいりませぬ」
「織に生ませる」
「失礼ながら、ご懐妊されない場合の事も考えなければなりませぬ」
「じゃあ、自分で選ぶ」
そこまで言ってから、元の席に戻った。
「陛下、本気で?」
黄皓が問いかけてくる。
「しつこいな。それとも、俺の言うことには従えないと?」
紅陽が、剣の束に手をかけた。
黄皓の顔色が、みるみる青ざめていく。
「そ、そんな、滅相もございませぬ」
「ならば、命に従え。 今いる後宮の者どもは全員今日限りで追放だ」
黄皓は、しばらく口を開けたまま固まっていたが、
やがて絞り出すように言った。
「承知、いたしました」
黄皓は、侍従たちを連れて出ていった。
黄皓達が出て行ったあとで、蔣琬が居室にやってきた。
時々、紙を持ってくる。帝である劉禅の承認が必要なものもあるためだ。
大抵は、諸葛亮の名前の横に、自分の名前を書けばいいだけだった。
「陛下、何事かありましたか?後宮が慌ただしいですな」
「側室全てを追い出した」
「側室全てを?」
「そうだ」
「承知しました。となりますと、ずいぶん静かになりますな」
50名以上分の部屋が空くのだ。それはそうだろう、と裕介は思った。
何枚かの紙に署名を続ける。
「そういえば、蔣琬」
「はい」
「漢中の状況は今どうなっている?」
「申し訳ございません、軍事の関わる事の詳細は、把握しきれておりませんので、断片的な情報しかお伝えすることができません」
「それでもよい、教えてくれ」
蔣琬は、丞相である諸葛亮が漢中にほぼ常駐してしまっているので、代わりに成都内の政務のとりまとめをしていた。
内政の管理だけで手いっぱいなのだろう。
「現在、漢中には、兵力が10万ほど。近々出撃する予定です」
「魏へ、か?」
「はい」
今、歴史上だと、どの戦いをやっているのかを知りたかったが、漠然としすぎていて分からない。
「分かった、もうよい」
蔣琬が、劉禅の署名がしてある紙を持ち、立ち上がり、居室を去っていった。
今日の内政は終わった。
夕餉までまだ時間がある。
「織」
「はい、陛下」
裕介は織を連れて、寝室へ向かった。
織が自分の衣の帯を解く。
はらりと、衣が落ちて、織のすべてが見えるこの瞬間が、裕介は好きだった。
(たまんねー、これが、たまんねー…女を抱き放題。皇帝の特権だよな、ぐふふ)
織は、衣を脱いだまま、寝台に座る裕介の足元へ静かに身を寄せた。
その動きに合わせて、部屋の空気がわずかに揺れた。
(房中術ってやつか…)
織は、十分に高まったのを確認すると、
裕介を、ゆっくり寝台へ押し倒すように仰向けで寝かせた。
織は裕介の腰にまたがるようにして、彼の顔を真っ直ぐ見下ろした。
その姿勢には、不思議な落ち着きと確信があった。
織の動きが激しくなる。
閉じたまぶたの裏で、白い光が一瞬だけ弾けた。
その残光が消えるまで、裕介は動けなかった。




