第19話 新天地
スラムで柄の悪い男たちから助け出した兄妹――兄のレオと、妹のマリーを連れて、俺たちは工房へと戻ってきた。
「ラーブル、悪いがこの子たちに温かいスープとパンを食わせてやってくれないか」
「はいっ、わかりましたマサトさん! ちょうどお昼の準備ができたところです。さあ、二人ともこっちに座って!」
エプロン姿のラーブルが優しく声をかけると、二人はビクビクしながら木の椅子に腰を下ろした。
目の前に湯気を立てる肉と野菜のスープ、そしてふかふかの白パンが置かれると、二人は信じられないものを見るように目を丸くした。
「ほら、遠慮せずに食え。毒なんて入ってないぞ」
俺が向かいの席に座って笑いかけると、マリーの小さなお腹がきゅるると鳴った。
レオは意を決したようにスプーンを握り、スープを一口すする。
「…………っ!!」
次の瞬間、レオの目からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
つられたようにマリーもパンに齧り付き、泣きながら無我夢中で食べ始めた。
「お、おにいちゃん……お肉が、お肉が入ってるよぉ……っ」
「ああ……美味いな、マリー。ゆっくり食え……っ」
その光景を見ながら、俺は内心で息を吐いた。
現代日本からすれば、ただのまかない飯だ。だが、親を亡くしてスラムで飢えていたこの子たちからすれば、貴族の晩餐にも等しいご馳走なのだろう。
史実の産業革命では、こういう立場の弱い子供たちが、安い賃金で劣悪な工場に押し込められ、ボロ雑巾のように使い捨てにされた。
だが、俺はそんな胸糞の悪い真似をするつもりは一切ない。
「ふぅ……食ったか。じゃあ、仕事の話をしよう」
二人が器の底まで舐めるように平らげたのを見計らって、俺は真剣な顔を作った。
レオがハッとして姿勢を正す。どんな過酷な労働を命じられるのかと、全身をこわばらせていた。
「お前たちの仕事は、この工房の奥にある機械の番をすることだ。石炭を燃やして火を絶やさないこと、機械が止まったら俺たちを呼ぶこと。それと、出来上がった布をそこのラーブルと一緒にハサミで切ること。基本はそれだけだ」
「……え?」
レオがポカンと口を開ける。無理もない。熟練の職人技も、重い荷物を運ぶ体力も必要ないと言われたのだから。
「その代わり、一つだけ絶対に守ってほしいルールがある。この工房の中で見たこと、やっていることを、絶対に外の人間……特にギルドの連中には話さないことだ。これが守れるなら、毎日三食、今のスープとパンを腹いっぱい食わせる。給料も、街の職人の見習いより高く払ってやる。さらに、ここで寝泊まりもしていい」
「そ、そんな……」
レオは信じられないといった顔で俺を見つめた後、勢いよく床に額を擦り付けた。
「やります! やらせてください! 俺、なんだってします! 絶対に誰にも言いません! だから、妹を……マリーをここに置いてください!!」
「よし、交渉成立だな。お前たち兄妹のことは、俺の工房が責任を持って面倒を見る」
俺はレオの肩を叩いて立たせた。
――これでいい。
彼らは今、圧倒的な恩義を感じている。もし今後、ギルドの連中が彼らに金を握らせて工房の秘密を探ろうとしても、今のこの暖かく安全な生活を失うリスクを冒してまで裏切ることは絶対にない。
彼らは、機密保持のための最強の防壁になってくれるはずだ。
「じゃあ、お前たちがこれから扱う機械を紹介しよう」
俺は分厚い扉を開け、工房のさらに奥へと二人を招き入れた。
ムワッとした熱気とともに、轟音が響き渡る。
『シュゴオオオオオオッ!! ガシャン! ガシャン! ガシャン!』
部屋の中央で白煙を吹き上げる蒸気機関と、それに連動して猛スピードでレースを編み上げていく五台の力織機。
人間の手を一切借りず、まるで生き物のように動く鉄の塊を見て、レオとマリーは腰を抜かしそうになっていた。
「な、なんだこれ……魔法……?」
レオの呟きに、俺とジャンは顔を見合わせてニヤリと笑った。
「魔法じゃない。科学だよ。」
こうして、俺たちの王立特権工場に、初めての従業員が誕生した。
二人の指導をラーブルとジャンに任せ、俺は工房の隅にドニを呼んだ。
そして、スラムで男から奪い取ってきた戦利品――フリントロック式ピストルをテーブルの上にゴトリと置いた。
「さて、ドニ。さっきの路地裏で拾って来たんだけどさ」
「ああ。この鉄の筒の内側に溝を掘るとか言ってたな。なんだそりゃ?」
「弾の命中精度と威力を、今の何倍にも引き上げる魔法の溝だよ。……ギルドの逆恨みや、いずれ来るかもしれない暴動からこの工房を守るために、俺たちだけの新型の武器を開発する」




