第16話 印籠
扉の向こうでギルドの連中が暴れ始め、俺達はジャンと共にひたすらこの分厚いドアで粘っていた。
分厚い石造りの工房は、荒くれ者たちの物理攻撃を完璧に耐え凌いでいた。
「ハァ、ハァ……! ええい、この扉はどうなっているんだ!」
ギルドマスターのガストンが苛立ちのあまり、部下からひったくった棍棒で扉をガンガンと叩く。
「すんませーん、まだカンヌキ直りませんかねー?」
内側から俺が間延びした声で煽ると、外から「ふざけるな!」という怒声が返ってくる。ジャンも欠伸をしながら、完全にリラックスムードだ。
だが、俺の時間稼ぎの目的は、すでに達成されようとしていた。
「そこまでだ!! 街中で何を騒いでいる!!」
工房の外――通りの向こうから、雷鳴のような一喝が響き渡った。
ガストンと荒くれ者たちが、弾かれたように振り返る。
「なっ……、地方長官!?」
そこに立っていたのは、立派な馬車から降り立ったルルー地方長官と、完全武装した数名の銃士たちだった。
その後ろには、息を切らして胸を押さえているラーブルの姿もある。よくやった、ラーブル!
「お待ちしておりました、地方長官様!」
俺は分厚い扉と、ポカンとしているギルドの連中越しに、大きな声を張り上げて挨拶した。
「うむ。マサトよ、たまには定期納品の品を私から受け取りに来てみれば……随分と騒がしいようだが?」
長官が、これ見よがしに眉をひそめてガストンたちを睨み下ろす。
ガストンは相手がこの街のトップだと分かると、慌てて媚びへつらうような揉み手をして歩み寄った。
「こ、これは地方長官様! ちょうど良かった。この者たちはギルドの規約を無視し、無許可で大量の織機を動かしている犯罪者です! 我々は街の秩序を守るため、こいつらの機械を没収しようと……!」
「黙れ、薄汚いネズミが」
長官の冷酷な声に、ガストンの笑顔が凍りついた。
「お前たちが私腹を肥やすためのくだらん『ギルド規約』など、この工房には一切適用されん」
「な、何を仰るのですか!? ギルドの規約は、このアランソンの長年の法であり秩序です!」
「だから、適用されないと言っているのだ」
まだ状況を理解していないギルドの下っ端共が、俺達の工房の扉を壊そうとガヤガヤと騒いでいる中。
地方長官長官が、天に向かって声を張り上げた。
「え~い、静まれ、静まれぇい!! この紋章が目に入らぬか!!」
長官は懐から一枚の羊皮紙をバサリと取り出し、全員の目の前に突きつけた。
そこには、一目見れば誰もが逆らえないであろう、神々しい『王家の紋章』がデカデカと押されている。
……まるで、どこかの悪代官や悪徳商人をひれ伏させる天下の副将軍ご一行みたいだ。
「恐れ多くも、我がフランス国王ルイ16世陛下が、このマサトの工房を、王室に最高級のレースを納める『王立特権工場』に正式に認定された!!」
「お、王立特権工場……っ!?」
『……えっ?』
俺とジャンは扉の内側で顔を見合わせ、さらに長官の後ろにいるラーブルまで開いた口が塞がっていない。
「そうだ。すなわち、ここは国家の保護下にある! 頭が高いぞ、控えよ!!」
ガストンたちが、震えながら平伏する。
いや、どちらかというと絶望に顔を引き攣らせ、膝から崩れ落ちていた。
王立特権工場――それは当時のフランスにおいて、ギルドのいかなるルールよりも優先される、絶対無敵のチート免罪符。
つまり、ギルドのマスター風情がどうこうできる次元の話ではなくなったのだ。
「おい、やばいぞ! 逃げろ!!」
後ろに控えていた荒くれ者たちは、マスケット兵たちがカチャリと銃口を構えたのを見て、悲鳴を上げながら一目散に逃げ出していった。
「あ、ああ……私の、私の利益が……」
へたり込んだままブツブツと呟くガストンを、兵士たちが両脇から抱え上げて乱暴に引きずっていく。
――いや、ちょっと待ってほしい。
俺、王立特権工場の話なんて聞いてないんですけど……!?
俺はただ、ラーブルに裏口から出て地方長官を呼んできてもらって、長官本人を印籠代わりにしてこの場を切り抜けようと思ってただけなんだけど……。
まさか本物の国王(ルイ16世)の名前が入った、ガチの印籠が飛び出してくるなんて聞いてないぞ!!




