第15話 事件
地方長官長官のコネは絶大だった。
かなりの量の石炭が二束三文で買えるようになっただけでなく、あの恰幅の良い中年長官は意外と気遣いができ、蒸気機関の拡張に必要な鉄材まで手配してくれたのだ。
おかげで、ドニの工房は暇なしになり、そのお陰で蒸気力織機が5台体制で並ぶことになった。
数時間ほどフル稼働させ、織機が吐き出した莫大な量のレースを、ラーブルが丁度いい長さに切り分け完璧に仕上げていく。そして後日、地方長官の屋敷へ直接納品して買い取ってもらうのだ。
これで一度の納品につき1000リーブル。1日で500リーブル稼いでいる計算になる。
ジャンとラーブル曰く、『熟練職人が血を吐く思いで数年かけて稼ぐ額を、たった2日で稼ぎ出している』らしく驚愕してた。
まぁ、ここから俺たち4人の給料やら、石炭や鋼材などの材料費、バカ高い食費なんかを差し引くから手元に残るのは結構減るんだけどな。当時のハイパーインフレ恐るべし……。
そんな風に、俺たちが日夜、文字通りの荒稼ぎを続けて数週間が経ったある日のこと。
なんと、異変が起こった。
「おい、機械を止めろ!! 貴様ら、ここで何をしている!!」
バンッ! と工房の木戸が乱暴に蹴られ開けられそうになるが、破られる気配はない。ここは何故かは知らないが頑丈な作りで、窓には鉄格子、扉には太いカンヌキがあり壁も厚い石造りだ。ここの元の工房の持ち主が借金取りから籠城するのに使ってたのかってレベルだ。俺はラーブルを奥に引っ込めさせて、ジャンと共に外の様子を確認すると、先頭に立っているのは、上等な絹の服を着込んだ神経質そうな男だ。その背後には、棍棒やハンマーを持った荒くれ者が十人ほど控えているとても柄の悪い連中だ。まるでガサ入れをする時の大阪府警だ…
「なんだ、てめぇら。ここは俺らの工房だぞ」
ジャンがどこに持ってたのかわからない、巨大なハンマーを肩に担ぎドスの効いた声で威嚇する。
「黙れ!野蛮なやつらめ! 俺は、この街の織物・レースギルドマスターであるガストンだ!はよ、開けんかい!コラ!」
ギルドマスター……もし、ここが異世界ならギルドは依頼を受け、素材を買い取って、国内全てに展開して、美人な受付嬢さんがいるイメージだが、残念ながらここは近世フランス。
絶対に冒険者ギルドみたいな組織じゃないだろう。近世フランスのギルドは少しジャンから聞いたことあるが、職人たちを安月給でこき使って甘い汁を吸っている同業者集団らしい。
どうやら、俺たちの作った安くて高品質なレースが地方長官経由で市場に出回り始め、自分たちの利益が激減したことにブチギレて乗り込んできたらしい。
「まぁまぁ落ち着いてくださいよ。何用ですかね?」
俺は、かんぬきを必死に押さえつけドア越しに会話をする。
「お前らの工房からギルドの規定違反の情報が入った、とにかくはやく開けんかい!」
「わかりました。今開けますよ…あれ?開かないな。どうやらあなた方に扉を蹴られて、かんぬきが曲がって開かなくなってしまったぞ!」
俺はドア越しでも聞こえるように大きな声で叫ぶ。ジョンにはアイコンタクトを取る。
「おっ…おう!びくともしないぜ!」
ジョンもわざとらしく、声を張り上げた。
「ちっ! とにかく、どこの馬の骨ともわからんよそ者が、ギルドの許可証も持たずに勝手に商売をしているという噂は本当だったか! この街で商売をしたければ、10年の下働きと200リーヴルの登録費を払わねばならん! それをすっ飛ばして荒稼ぎするなど許されるはずがない!言語道断、完全な違法操業だ!」
ああ、なるほど。
既存の職人を守るための、あの古臭いルールを盾にしてきたってわけか。
ガストンが顔を真っ赤にして叫び、背後の荒くれ者たちに指示を出した。
「こいつらが作ったレースはすべて没収だ! そして、その規約違反の忌まわしい機械を今すぐ打ち壊せ!!」
「おうっ!!」
男たちが棍棒を振り上げ、強引に扉を突破しようとする。
「……おい、マサト。やっちまっていいか?」
ジャンが首の骨をボキボキと鳴らしながら、ハンマーを握り直す。
俺は一歩前に出ると、迫り来るギルドの連中を前に、余裕の笑みを浮かべてみせた。
「ジャン、手出しは無用だ。暴力で解決しちゃあ、後々面倒だからな。……こういう時は、もっと強烈な暴力で殴り返すのが一番効くんだよ。とにかく、時間を稼いでくれ」




