第12話 産業革命
ラーブルは工房で切れ端レースを加工してもらい、俺はジャンと共に新たな職人に会いに行く。
アランソンの街のとある通り。
ジャンに案内されてやってきたのは、煤と鉄の匂いが鼻をつく、薄暗く汚い工房だった。
「カンッ! カンッ!」 と、鼓膜をつんざくような重い金属音が響いている。
「おい、ドニ! 生きてるか!」
ジャンが遠慮なしに木戸を開け放つと、そこには熊のように大柄で、髭面を煤で真っ黒に汚した大男がいた。夜見たら絶対寝れなくなる形相だ。彼が「アランソン一の変わり者」と言われる鍛冶職人、ドニだ。
「……帰れ、ジャン。今は忙しい。馬蹄や鍋底の修理なら、表通りの器用なガキ共にでも頼むんだな」
ドニはこちらを見ようともせず、赤熱した鉄をハンマーで叩き続けている。
ジャンは肩をすくめ、俺の背中をポンと叩いた。
「俺の用事じゃねぇよ。こいつが、お前さんに『絶対に作れないもん』を頼みたいってうるさくてな」
「……俺に作れないものだと?」
ピタリ、とハンマーの動きが止まる。
ドニが初めてこちらを向いた。その眼光は鋭く、まるで獲物を値踏みする猛禽類のようだ。
「……なんだ、そのガラクタは」
彼の視線の先には、俺が持っていた『ブイヨワールの蒸気機関模型』があった。
俺は一歩前に出て、ドニの目を真っ直ぐに見返した。
「俺は、分厚くて頑丈な『鉄の筒』と、そこに隙間なく収まる『鉄のピストン』が欲しいんだ。中を猛烈な『蒸気』が暴れ回っても、絶対に圧力が逃げない、完璧に削り出された部品がな」
その言葉を聞いた瞬間。
ドニの目の色が変わった。持っていた重いハンマーが、ゴトリと地面に落ちる。
「お前……今、蒸気と言ったか?」
「ああ。火で湯を沸かし、その蒸気の膨張する力でピストンを押し上げる。その上下運動を歯車で回転運動に変えれば、馬何十頭分もの力で動く機械ができる」
ジャンが横で「な? イカれた夢物語だろ?」と笑うが、ドニは笑わなかった。
それどころか、ドニは震える手で顔を覆い、腹の底から絞り出すような低い声で笑い始めた。
「クックック……ハハハハハッ! 夢物語だと!? 冗談じゃねえ!!」
ドニは狂ったように笑いながら、工房の奥にあるガラクタの山を漁り始めた。
そして、一枚の埃まみれの羊皮紙と、ひしゃげた分厚い「鉄の筒」のようなものを俺の目の前に叩きつけた。
「俺は五年前にその情報を知り、俺の身の回りにある物で完成させてたんだ! 『蒸気機関』というものらしいな。だが作ったはいいが使い道がわからなくてな。実物はこの通りガラクタになっちまったが、一応製法は図面に残してある」
「なっ……!?」
俺とジャンが言葉を失った。
俺も目を見開いた。羊皮紙に描かれていたのは、原始的だが、間違いなく『蒸気機関』の初期構想図だった。蒸気機関とはフランス革命より前に完成してたのか? 流石に俺はそこまでは知らないが、蒸気機関の完成のイメージはフランス革命後だったため、面くらってしまった。
俺の歴史の知識が少しズレていたのか? やっぱ世界史も隅々まで、勉強しとけばよかったと思うこの頃。
だがそれにしても、このフランスの田舎町で、たった一人で組み上げていたヤツがいるなんて……!
「ドニ、お前……ブリカスの技術を知ってたのか?」
「あ?……ああ、イギリスの事か。昔、イギリスから流れてきた胡散臭い商人から図面の一部を買い叩いたのさ。面白そうだから俺の技術で組み上げてみたが……」
やばい、前世のクセでイギリスの事をブリカスと呼んでしまった……以後、気をつけねば。(※随分独特なクセですね。)
「炭鉱の地下水を汲み上げる巨大ポンプなんて、この街じゃ需要がねぇ。ただ湯を沸かして重い鉄の棒が上下するだけの、クソの役にも立たねぇ鉄食い虫だ。誰も見向きもしねぇし、俺自身も何に使えばいいか分からなかった」
「ハッ、そりゃあそうだろうな。そんなバカでけぇもん作る暇があったら、馬の蹄鉄でも打ってた方がマシだ」
ジャンが横から茶化すが、俺は震える手でドニの肩を掴んだ。
「……ドニ。お前、こいつを『水汲み』にしか使えないと思ってたのか?」
「あ? 他に何に使うんだよ」
俺はニヤリと笑い、持っていたブイヨワールの模型を掲げた。
「上下運動を、歯車を使って『回転運動』に変えるんだ。そうすれば……なんだってできる」
「……回転、運動に?」
「そうだ。俺たちがやろうとしているのは、炭鉱の水汲みじゃない。まずは、これでレースをつくりたい」
俺はドニの目を真っ直ぐに見据えた。
「この蒸気機関を、織機に繋ぐ。熟練の職人が何十人もかかって一日がかりで織るレースや布を、こいつは文句一つ言わずに、数時間で、しかも大量に織り上げる。……俺は、そのための設計図と知識を持っている」
ドニの呼吸が、荒くなった。
煤だらけの顔の中で、猛禽類のようなその目だけが、爛々と光を放ち始める。
「……ピストンの上下運動を回転に変えて、織機を動かす……? 水も風もない場所で、炎と水だけで、何十台もの機械を……?」
ドニはブツブツと呟きながら、自分の頭を抱えた。
彼の中で、点と点が猛烈な勢いで繋がり始めているのだろう。天才ゆえの想像力が、俺の言葉の持つ「恐ろしさ」と「可能性」を理解し始めていた。
「ドニ。お前のその最高の技術が、ただの『鉄くず』のままで終わってもいいのか? 俺と組め。お前の作った機関で、この国を……いや、世界をひっくり返してやる」
数秒の、重い沈黙。
やがて、ドニは顔を上げ、獰猛な笑みを浮かべた。
「……面白え」
ドニは、分厚く真っ黒な手のひらを俺に突き出した。
「そのイカれた夢物語、乗ってやる。俺の魂を悪魔に売ってでも、お前の言う『世界をひっくり返す機械』作ってやるよ!!」
「決まりだな」
俺はその手を、力強く握り返した。
布のプロフェッショナルであるラーブル。
顔が広く、レースのデザインなど色んな物に関わってたジャン。
そして、時代を先取りした天才鍛冶屋、ドニ。
役者は揃った。
世界で初めての産業革命を起こしたのは、ブリカスじゃない、フランスだ!(※クセ出てますよ〜)




