第10話 競争
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翌朝。
俺たちは新たな仲間、職人のジャンを加えた三人で、街の市場へと繰り出した。
目的は、当面の食料と資材の買い出しだ。
「おい若造、本当に金はあるんだろうな? 俺は昨日から腹が減って死にそうだ」
ジャンが二日酔いの頭をさすりながら、不機嫌そうに言う。
俺は懐の革袋を軽く叩いてみせた。
「安心しろ。今日は宴会ができるくらい買うつもりだ。パンに肉、ワインも樽で買ってやる」
「へっ、そいつは景気がいい。なら、いつものパン屋に行こうぜ」
実は、昨日そのままジャンと飲みまくった結果、お互い馬が合うことがわかりかなり意気投合した。俺はそこそこ酒は飲めるタイプだからな、あんな薄い酒で二日酔いとかありえない。
俺たちは意気揚々と、市場の入り口にあるパン屋へと向かった。
だが――そこで俺たちが見たのは、殺気立った市民たちの行列と、怒号が飛び交う光景だった。
「ふざけるな! 昨日よりまた値上がりしてるじゃないか!」
「これじゃ子供に食わせるパンも買えないよ!」
老婆が店主に詰め寄っている。
俺は掲げられた値段表を見て、思わず目を疑った。
『パン 14スー』
「……は? 14スーだと?」
ジャンが反応する。因みに俺はまだイマイチ通貨単位覚えてない…(※早く覚えなさい)
「つい先週までは9スーだったはずだがな、値上がりがひどいな」
「ラーブル、1リーブルは何スーだ?」
「えーっと、1リーブルは20スーですよ」
「おい、若造そんなことも知らんのか?」
たった数日で、価格が1.5倍以上に跳ね上がっている。俺はラーブルを振り返った。
「なんでこんな価格が上がってるんだ?」
「……やっぱり、噂は本当だったんですね。去年の大凶作のせいで、小麦の在庫が底をつきかけているんです」
ラーブルが青ざめた顔で言う。
1788年の夏、フランス全土を襲った雹害と冷夏。それが今、ボディブローのように市場を直撃しているようだ。
「買うのかい、買わないのかい! 買わないなら退いてくれ!」
パン屋の親父が苛立った声で叫ぶ。
俺は10リーブルほど渡す
「……買えるだけくれ。あと、保存がきくものやチーズもだ」
***
工房に戻った俺たちは、固いパンとスープで遅い朝食をとった。
350リーブルという大金を手にした高揚感は、すっかり冷え切っていた。
「……食える時に食っとけよ、若造。この国はもうすぐ、金を持っててもパンが買えなくなる」
ジャンが安酒であるシードルを大事そうに飲みながら言う。
「どういうことだ?」
「見ての通りさ。小麦がねぇんだ。貴族様たちは自分たちの領地から麦を吸い上げちまうから、都市には回ってこねぇ。そのうち、紙切れや銀貨なんて、ただのゴミになるぜ」
ジャンの言葉は、酔っ払いの戯言には聞こえなかった。
世界史に疎い俺でも流石にこれは知っている。 この後、フランスは革命の混乱でハイパーインフレに突入し、紙幣価値が暴落することを。
俺が稼いだ350リーブルも、このまま手をこまねいていれば、やがてパン一斤も買えない紙切れ同然の価値になってしまうかもしれない。
……甘かったな
俺はスープに、パンを浸した食べる。
レースの端切れを加工して小銭を稼ぐ。そんな「隙間産業」だけでは、この激動の時代を生き抜くことはできない。
もっと安定的で、もっと爆発的な「富」を生み出すシステムが必要だ。
「……ジャン、ラーブル。端切れを使った商品作りは続けるが、それだけじゃ足りない」
「あぁん? じゃあどうするんだよ」
「『生産元』になる。端切れを拾うんじゃない。俺たちが一から新しい商品を作り出すんだ」
俺は作業台の上に、一枚の羊皮紙を広げた。
そこには、俺が深夜こっそりと『図説・日本戦史[付録・歴史年表付き]』を隅々まで睨めっこして、自分の全画力総動員して描いた、ある「機械」の模写があった。
「なんだこりゃ? 織機……か?」
「これは織機じゃない。これを使えば、人が少なくても物が作れる」
そこに書かれた絵は、『蒸気機関』だった。
そう、産業革命だ。
イギリスで起きている波を、ここフランスのアランソンで、俺の手で再現する。
「金が紙切れになる前に、俺たちは『技術』という最強の資産を手に入れるぞ」
俺の言葉に、ジャンは呆れたように、しかしどこか楽しげに口角を上げた。
「……へっ、大きく出たな。だが、そういうデカい法螺は嫌いじゃねぇぜ」
フランス革命が先か、俺たちがプチ産業革命を起こすのが先か。
俺たちの本当の戦いは、ここから始まる。




