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悪役令嬢に転生したので、転落人生(物理的)から抜け出してみます。

作者: にゃみ3
掲載日:2025/09/05

 この世の全てが自分の思い通りだと思っていた。


 公爵家の娘として生まれて、両親からは惜しみない愛を注がれ、欲しいものもや叶えたいことは全て金と権力で手に入れてきた。


『リゼ・エスタリア、あなたが望んで叶わないことは何一つないのよ』


 そう言って微笑む両親の言葉を、私は信じて疑わなかった。


 だからこそ、貴族令息や令嬢の憧れの的である隣国の名門校アスカルタ王立学園への入学試験にも疑いなく合格するものだと信じていた。


「……は?」


 まさか、私が志望の学園に落ちるだなんて微塵も考えてもいなかったのだ……。


 信じられない衝撃と同時に、頭の奥底から堰を切ったように記憶が溢れ出す。


(……そうだ、私は一度死んでいる)


 大学受験に失敗し、不合格通知を握りしめて呆然と街を歩いていたあの日。


 私は現実を受け入れられずに、ただ足を前へと運んでいた。視界が涙で滲んでいたせいか、足元に立てられた「工事中」の看板に気付くことができず、あっけなく足場から踏み外したのだった。


 身体が宙に投げ出される瞬間、視界に飛び込んできたのは「落下注意!」と赤字で記された無情な文字。


 私は、声を上げる暇すらなく、ただ無様に落ちていった。



 そんな、なんとも情けない最後を迎えたことをいま再び「不合格」という響きによって思い出すことになるとは。


(ああ、私は生まれ変わっても尚、不合格だっていうの? 私の人生って、いつも落ちてばかりなのね……?)


 そして、同時に思い出したのは前世で読んだ小説『ロマンティック学園物語』に登場した、リゼ・エスタリアという悪役令嬢のこと。


 そう、私は前世で読んだ小説の悪役令嬢に生まれ変わっていたのだ。


 それに気が付いたのは、リゼとしてこの世界に生まれてから十五年が経ってからのことだった。


 受験中のストレス発散にと読み耽っていた小説で、 “ざまぁ展開”を迎える悪役令嬢リゼ・エスタリア。


 このまま物語どおりに進めば、私は嫉妬から主人公を虐め、断罪を受け、最後は崖から転落死を迎える。


(……冗談じゃない。そんなの、絶対に嫌よ!)


 だから私は記憶を取り戻してからというもの、誰に対しても優しく接するよう心掛けてきた。


 一度「悪女」の烙印を押されてしまった者が、それを覆すのは並大抵のことではなかった。

 失った好感度を取り戻すには、時間も努力も、そして何より気力が必要だった。


 私は歯を食いしばり、何度も心を折られながら「転落死」の未来を回避するために必死に笑顔を作ってきたのだ。


 本当に必死に、必死に頑張ってきたのよ……。


「リゼ? どうして君がここに……!」


 だから、婚約者が堂々と浮気現場を晒す場面に鉢合わせても、私は何とも思わなかったのだ。


「セドリック」


 私の婚約者、セドリック・ポンパドル男爵令息。


 公爵令嬢である私と、男爵令息の彼はどう考えても釣り合いの取れていない婚約だったが『顔がタイプなの♡』という、何ともまあ……今思うと恥ずかしくて死んでしまいそうな理由で私の方から持ち掛けた婚約だった。


 どうして、私はこんなモブみたいな男を好きになってしまったのかしら。

 これも、リゼ・エスタリアとしての宿命なのか……。


「リゼ・エスタリア様?!」


 そう叫んだのは、セドリックに手を握られている少女。少女は困ったように眉尻を下げて、今にも泣きそうな顔をしていた。


「セレナさん……」


 彼女は、小説『ロマンティック学園物語』の主人公。


 平民の出で、この王立学園に通う方法は主席であり、成績上位者の優秀な生徒のみ通うことができたのだが、少し抜けていておバカな設定のセレナは主人公補正で学力関係なしにとんとん拍子でこの学園に入学したのだった。


(主人公は受験だって思い通りだってこと? ハア……羨ましいったらありゃしないわ)


 仮にも婚約者が居る身で、学園内でナンパするなんて……まあ、性悪なリゼよりも愛らしいセレナに惹かれるのは至極当然のことなのかもしれないけど。


「リゼ?! ……まさか、僕に会いたくて探していたのか?! リゼは可愛いね」


「そんなわけないですよね? バカなんですか?」


「……リゼ?」


 まあ、この状況で誤魔化しが利くと思ってるその図太さには素直に尊敬するわ。


 セドリックの前で、こうして本性を現して会話をするのは初めてだったから驚いているのだろう。


 緑色の目を見開いて信じられないものを見るかのような目で私を見るセドリック。


 ああ、むしゃくしゃする。本当ならこのマヌケの話を聞くのも面倒なのだが、悪役令嬢としてのルートから逃げるにはこの話に手早く方をつけねばならない。


 このままダラダラと引き伸ばして、私の知らないルートで断罪されても困るのだから。


 今、ここで私たちモブはメインストーリーから外れましょう? 憎きモブ男、セドリックよ!


「先程、“僕はもうあのあくどい女に興味は無い。君に夢中だよ、セレナ“……という言葉が聞こえたのですが、セドリックはセレナさんに好意があったのですね?」


「何を言うんだ、リゼ。すべて単なる聞き間違いだよ。僕がそんなことを言うはずがないだろう?」


「えっ……」


 まるで違うとでも言いたげに、先程まで口を閉ざしていたセレナが声を漏らした。


「セレナさんは何か言いたいことがあるようですが」


「あっ、その、私は……」


 問いかけた途端、セレナは言葉を詰まらせ、その大きな瞳から涙を零した。


(……は? なんでここで泣くのよ?)


 セレナって、もっとこう、賢い感じじゃなかったっけ? ただ質問しているだけなのに、これじゃあまるで私がセレナを虐めているみたいじゃない。


「コホンッ、もう結構ですわ」


 余計な誤解を広げる前に話を切り上げ、私はセドリックへと視線を移した。


「落ち着いてくれ、リゼ。全て君の勘違いだよ。僕はただ道に迷っていた彼女を案内しようと思っていただけさ」


 額に薄く汗を浮かべながら、セドリックは必死に言い訳を並べた。目は泳ぎ、決して私を正面から見ようとはしない。


 今だけの話ではない。セドリックは初めから、私のことを見たことなど一度たりともないのだ。ただの女好きで、遊び人。自身の欲望のために公爵家の娘である私との結婚を望んだ男。


「セレナさんだけではありませんよね?」


「……は?」


「だから、貴方が今みたいに鼻の下を伸ばして甘い言葉を囁いていたのは、セレナさんだけではないのだと言っているのです。まさか、私が気づいていないとでも思っていたのですか?」


 まあ、小説のリゼは最後の最後まで気づくことができなかったんだけどね……。


 セドリックは学園に通う令嬢だけでなく、社交界で令嬢を口説いたり、使用人に手を出したり。悪役令嬢と共にざまぁを迎えるとして相応しいクズっぷりだった。


「私が貴方に婚約破棄を申し出ることに対する十分な動機にもなるでしょう」


 そう私が冷ややかに言い放つと、セドリックの顔色が一瞬にして変わった。


「さっきから黙って聞いていれば、僕に惚れ込んでいたくせに突然何なんだよ?!」


「突然も何も、前から思っていたことですわ」


「っ、ふざけやがって!!」


「キャアアアッ!」


 突然響いたセレナの甲高い悲鳴に、私は頭が割れるように痛くなり、思わず両手で耳を押さえる。セレナは涙で潤んだ瞳を見開いて、怯えた小動物のように後ずさった。


「冗談言わないで。アンタみたいなクズ、こっちからお断りよ!」


 私も負けじと、両耳を押さえたままセドリックを強く睨む。

 私の叫びを合図にしたかのように、セドリックが私の左手首を乱暴に掴んだ。


 そして、彼はその手をぐいと持ち上げたが、直後、信じられないものを見たように動きを止めた。


「はっ、やっとお気づきになりました?」


 私の左薬指に本来はめられていたはずの、セドリックお揃いで用意された婚約指輪がそこにないことに気付いたのだ。


「私は、半年も前から貴方の前で婚約指輪を着けていませんでしたのよ」


「なんだと……?あんなにも僕を愛していると言っていたのに、半年も前から……?」


 前世の記憶を思い出したから心変わりしたのだとは当然言えず、気まずくなった私は目線を逸らし、眉尻を下げておいた。


 とにかく、私はアンタと一緒に落ちるなんて絶対に嫌なの。落ちるのなら、どうぞ貴方一人で落ちてちょうだいね。


 私は心の中でそう強く思うと、無礼にも私の手首を掴んでいたセドリックの手を、力いっぱいに振り払った。赤くなった手首にわずかな痛みが走ったが、それ以上に胸の奥がすっきりと晴れる。


 セドリックはそんな私を見て、ようやく私が自分に好意が向いていないのだと気付いたのだろう。悔しそうに「クソッ」と吐き捨てるように言うと、足早にその場を去っていった。


「あっ、婚約解消のことは後日書類を送るので対応をお願いしますね~」


 軽やかに声を掛けてやると、彼は返事もせず、動揺したように足をもつれさせて石ころにつまずき、盛大に転んだ。そんなセドリックのみっともない姿を見届けた私はふう、と長い息を吐き出す。


「あの、リゼ様……」


 恐る恐る呼びかける声に振り返る。すると、そこには大きな瞳を潤ませたセレナが両手を胸の前でぎゅっと握りしめて立っていた。


 ああ、そう言えばセレナが残っていたわね。セドリックに集中しすぎてというか、主人公なのに影が薄すぎて、すっかり忘れていたわ。


「どうかされましたか、セレナさん?」


「あの……リゼ様! よろしければ、私とお友達になっていただけませんか?!」


「……はい?」


 あまりにも予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。


 本来の小説のシーンでは、セドリックを心から愛していたリゼが話を聞く前に感情的になり、セレナに危害を加えようとし……そこをヒーローが助けるという場面なのだった。


 しかし、私はそうしなかった。セレナを助けるはずのあの男も現れていないし……。


 もしかすると、私という小さな歯車が噛み合ったことで、物語の軸は大きく変わったのかもしれない。


 きっと今、セレナの手を取れば、リゼ・エスタリアは『悪役令嬢』という役割から外れ、『主人公の友人ポジ』へと進むことができるのだろう。


「お断りですわ」


 きっぱりと言い放ち、ベーっと舌を突き出して挑発的に笑ってみせる。セレナの顔が固まったのを確認してから、私はくるりと背を向けた。


 私は、主人公の……セレナの友人ポジなんて、死んでもごめんだった。


 言い争いを始めた時も、セドリックが怒鳴った時も、私に掴みかかろうとした時も、セレナはただ甲高い悲鳴を上げるだけで助けようとする素振りすら見せなかった。


 悪役令嬢の立場とか、主人公との対立とか、そんなものは関係ない。


 私は自分が注目されたいがために他人を巻き込み、平気な顔でいるようなバカとは友達になりたくないのだ。




∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴




 それからというもの、私は悪役令嬢の座を脱却し、学園で平穏で楽しい日々を過ごす……ことは出来ず、見事に孤立してしまっていた。


 どういうわけか、セレナによって私は極悪な人間として名を広められていたのだ。

 あの心優しいヒロインのセレナが、どうしてこんな真似をしたのかは分からない。友達になろうという提案を断ってしまったから、怒らせでもしたのかしら……。


 ああ、悪役令嬢は結局どう頑張ろうとも、こういう運命なのね?


 しかし、幸いなことに――いや、不幸中の幸いとでもいうべきか。あの日の出来事を目撃していた人物が数名おり、セレナもまた私同様に悪名を背負うことになったのだ。


 婚約者のいる男性から甘い言葉をかけられ、拒むこともなく、謝罪すらせず、むしろ楽しげに話を広めている。そんな姿を見ていた令嬢たちが彼女への評価を冷ややかなものに変えていった。


 どうやら、私の知る小説のセレナと、この世界のセレナは少し違うようだった。


 小説のセレナは、誰に対しても誠実で、困っている人を放っておけない、正義感の塊のような女の子だったはず。なのに、この世界のセレナはまるで別人のよう。


 もしかすると……私が前世の記憶を思い出したことでリゼの運命が変わったように、セレナもまた何かしら影響を受けて、この世界では少しずつ違う人格になってしまったのかもしれない。


 そして、セドリック。あの浮気男はセレナ一人に収まることもなく、他の令嬢たちにも声をかけていたことが次々と発覚した。


 その結果、何人もの令嬢たちから冷たい視線を浴び、袋叩きにされる羽目に。さらには、私の両親が動き、ポンパドル男爵家との契約を一方的に破棄。男爵家を見捨てるどころか、徹底的に締め上げている。私に対しては優しい両親だけど、敵とみなした相手には、それはもうとことん冷酷になれる人だった。


 もっとも、世間がセレナやセドリックへの好感度が下がったところで、私の好感度が自動的に上がるわけでもない。


 半年間の「好感度アップ大作戦♡」のおかげで、多少は私の味方をしてくれる人も居たが、あくまで平民と男爵令息、公爵令嬢という面を見て、どちらに付くのか決めただけかもしれない。


 噂は尾ひれがついて広がるものだし、この世界で“悪役令嬢リゼ”という烙印を押されたまま、いつまで持ちこたえられるかは分からない。


 ほんの一瞬の油断で、私はまた“断罪エンド”へと転げ落ちてしまうのかもしれないのだ。


「キャッ、痛いっ!」


「まあ、大丈夫で……」


「リゼ様……? ご、ごめんなさあああい!」


 学園内に建設されている庭園の片隅。転んだ少女を見掛け、大丈夫かと声をかけただけなのに青ざめた顔で叫び声を上げられ、そのまま逃げられてしまった。


「……はあ」


 膝を折り、差し伸べた手だけが宙に取り残される。


 私はただ心配で声をかけただけなのに、叫びながら逃げ出すなんて酷いじゃない!


「アハハッ、酷い嫌われようだな?」


 突然、背後から軽く人を小馬鹿にするような声が響いた。心臓が跳ね上がり、私は慌てて振り返る。


「エリオット……」


 夕陽を背に立っていたのは、一人の青年。アメジストの瞳を持つ、エリオット公子だった。


 彼は薄く口角を上げながら、私の姿を面白がるように見つめている。


 彼は小説『ロマンティック学園物語』の男主人公。

 そう、本来ならば先日の事件の時に、危害を加えようとするリゼからセレナを守る、まさにヒーローとして登場するはずの人物だ。


『大丈夫ですか、レディー』

『貴方は……エリオット公子様?』


 二人が出会いを奪ったことには少し罪悪感があったけど、今考えてみると、この世界のセレナとエリオットの出会いを無くせたことには安心していた。もちろん、主人公たちの縁はそう簡単には切れないとも思うが。


 エリオットは小説の男主人公である前に、大切な私の幼馴染だから。


「なによ、私をからかいに来たの?」


 セレナとエリオットの出会いに比べたら、あまりにもひどい声のかけ方だけど。


(今、この学園で私に声をかけてくれるのはあなたが初めてよ)


 そういえば、小説でもエリオットだけはリゼが死んだことを悔やんでくれたんだっけ……。


「仕方ないでしょ、何故かみんな私を怖がって逃げちゃうんだから……」


「最近のリゼを知ってる者ならまだしも、噂だけでリゼを判断するものは怖がって当然だな」


「フン、噂ってなによ?」


 私の問いに、エリオットは少し眉を上げ、わざとらしく指を折り数え上げる。


「傲慢で、意地っ張りで、目立ちたがり屋な、自分が世界の中心にいるかのように思ってる公爵家の我儘姫」


「…………」


 ああ、返す言葉が見つからない。


 痛いところを突かれて、私は言葉を失った。喉が焼けつくように熱く、それでいて心は冷水を浴びたように冷えていく。


 けれど、そんな私を見てエリオットはふっと表情を和らげた。


「だが、君は誰かのために膝を突いて手を差し伸べられる優しさを持っている人だ」


 エリオットは私が先ほど膝を折った姿を真似るように、自らもしゃがみ込み、同じ高さに視線を合わせてきた。


 私のマリンブルーの瞳と、彼のアメジスト色の瞳が重なり合い、息が詰まるような静寂が流れる。


「……私が人から嫌われてることくらい、分かってるわよ。学園でも上手くやっていけないし……。こんなことなら、いっそ誰も私を知らない遠くへ逃げ出してしまいたいわ」


「それじゃあ、俺と駆け落ちでもするか?」


 軽口のように言いながら、彼は私に向かって片手を差し伸べた。


「…………」


 それが冗談でも、何でも、この居心地の悪さを晴らしてくれるには十分だった。


「それも悪くないかもしれないわね。私、落ちるのだけは得意だから」



少しでも面白いと思っていただけましたら下にある☆マークから評価をお願いいたします。

感想、レビューもお持ちしております。とても励みになります⋈*.。



もうすぐ大学受験なので、プレゼンとか色々と用意している時に思いついちゃいました。

私の代わりに落ちてくれてありがとう。リゼちゃん。

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