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「そっか……この世界は、サンタさんが私のために願ってくれた世界だったんですね」


 思い返せば、ヒントは至るところに転がっていた。月野は、夜空を見上げながら静かに泣いている。


「そうだよ。僕達はさ、遠回りしちゃったけど、願いを全て叶えたんだ」


 夜の窓ガラスを割った。深夜に二人でヘトヘトになるまで歩いた。野外飲み会だってした。海辺で花火だってやった。隕石の跡地にも向かった。水族館にも行ったし、父親を殺すことにも成功した。


「私がノートに書いていたこと、ほとんど叶ってるじゃないですか」


 彼女は流れる涙を拭うことなく、僕を見ている。鼻水まで垂れていて、その顔は少し面白い。でも、絶対に視線を外すものかと思った。最後の瞬間まで、月野の顔を目に焼き付ける。少しでも長く、彼女を感じていたい。


 月野はぐちゃぐちゃになった顔のまま笑い、僕のことを軽く殴った。


「馬鹿ですね。私なんかの願いを叶えるために、寿命を五十年も使うとか、何を考えてるんですか」


 彼女はもう一度僕を殴る。彼女の力無い拳が僕の胸に当たった。


「仕方ないだろ。月野のいなくなった世界で、生きていく自信がなかったんだから」


「もう、本当にどうしようもない人ですね。でも、愛しています」


「ああ、こんな人でなしを、愛してくれてありがとう」


「はい。人でなしなのに大好きなんですから、困ったもんです。多分、一生嫌いになれません」


 世界の終わりは、着実に迫ってきていた。この世界を覆っていた壁が全て白い光となって消えて、今は海が少しずつ光となって霧散している。


 あの光が全てを包み込んだ時、僕達は元の世界に戻る。その時、ぱちぱちぱちぱちと拍手の音が鳴った。


「やっと気が付いたんだね。だから言ったろう。僕と君との中じゃないかって」


 その声は、オルゴールのような聞く人の心を落ち着かせるようなもの――――ではなかった。


 声のリズムはオルゴールのように穏やかなのに、その声音は酒で焼かれたようにしわがれている。


 そこにいたのは、常田だった。


「俺はさ、ずっとお前達が気付くように仕向けていたんだぜ」


「良く言うよ。お前が、まさか星の骸だったとはな。全く気が付かなかったさ」


 僕がそう言うと、常田は「はっ」と笑った。そして、ぱちんと手を叩く。彼の姿が、星の骸に変わった。


 隣で月野が驚いた後、笑いながら言った。


「やっぱり、サンタさんにはまともな友達なんていなかった」


 大きなお世話だ。


「僕はさ、沢山のヒントを出していたんだぜ?」


「ヒントが分かりづらいんだよ」


 振り返ってみれば、確かに常田は僕に月野のことを進めていたような気がする。確か『その女、お前に気があるって』だったか。あんなので、分かるわけがないだろう。


「でもなあ、ちゃんと隕石落下の新聞やヴァイキングの事件、分かりやすく[始まりの場所]とまで言ってたんだ。八尾比丘尼伝説だって教えてあげたじゃないか。それでも思い出せないのは、君の怠慢だと思うよ」


 言いたいことがないわけではなかった。それでも、僕達はこいつに感謝しないといけない。


「お前さ、一つ、お節介を焼いただろ」


「何のことかな?」


 彼はとぼけているが、僕には分かる。月野が父親を殺そうと決心できたのは、こいつのおかげなのだ。自らが常田として行動して、人魚を殺される痛みを演出した。全ては、月野に父親を殺す筋道を用意するための行動だったに違いない。


「まあ、それを言うのは野暮ってものだろう。だから、僕はこのまま行くよ。最後の時間くらい、二人で幸せに過ごしてくれよ」


 そう言って、星の骸は去っていった。


 白い光が、僕達に迫っている。あと数分で、この世界が壊れてしまう。そうしたら、月野もいなくなる。


 僕は月野の手をギュッと握り締めた。一生離してたまるものかと、力強く握った。


「サンタさん、ちょっと痛いですよ」


 言いながら、月野が更に強く僕の手を握った。


「痛いくらいが、気持ちいいよ」


「それもそうですね」


 僕達は、二人で海を眺めていた。海はもう半分以上が光となって空へ昇っている。


「ねえ、サンタさん」


「どうしたの?」


「結局、私達はヴァイキングに乗れませんでしたね」


 上空へと昇った真っ白な光が、夜空を明るく染め上げている。


「それだけが心残りです」


 月野はため息を吐いた。


「この世界が消えたら、本当に君はいなくなっちゃうんだよな」


 僕はそんな世界を想像してみた。


 何をするにも、きっとつまらないだろう。サンタクロースを見たって、月野がいなければ心がときめかない。現実に帰って、どんなに綺麗なものを見ても、どんなに素晴らしい体験をしても、物足りないのだろう。


 ぽっかりと空いた心の穴を、埋めることはできない。それは、この世界で過ごした大半の時間が証明してくれている。


「そうだと思います。あー、サンタさんを残して旅立つことを許してください」


「絶対に許せない。だから、死なないで欲しい。君を死なせたくない」


 それはもう、心の底からの願いだった。どうせなら一緒に消えてなくなりたい。


 海の方へ視線を向けると、光はもう目の前に来ていた。真っ白な光が、僕達を包み込む。

 段々と、僕達の体が白い光となっていく。


「サンタさん」


 月野が、僕の名前を呼んだ。


「私、本当は死にたくありません」


 僕は最後に彼女を抱きしめようと、手を伸ばす。だが、伸ばした右腕が、白い光となって消えた。


 最後の時間が、訪れようとしていた。


 僕は消えた右手に視線を送ってから、今度は左手を伸ばす。しかし、その手も光となって消える。


「月野……」


 彼女が、泣きながら僕のことを見ていた。そして、月野は僕を抱きしめようとした。が、胴体も消える。僕は首だけになって、無惨にも地面に転がった。月野は虚空を抱きしめただけだった。


 最後の最後に、僕は月野の温もりを感じられなかったんだ。


「また会おうね」


 最後にそう言葉を残して、僕は消えた。


「最後の瞬間まで、一緒にいてくれるって言ったじゃないですか」


 月野の声が、僕の鼓膜を震わせる。


 ごめんね。その言葉は、彼女には届かなかった。

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