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 煌びやかに装飾されたおもちゃ箱みたいな商店街を抜けると、目的の場所が見えてきた。


 この町の中心部にある小さな噴水広場だ。


 また今日も来るはずのない人を待つためにこの場所に来てしまった。


 空を見上げると、背の高い入道雲がオレンジ色に染まっていた。


 もう夕暮れ時だというのに、夏日の暑さは健在だ。シャワシャワと鳴く蝉の合唱がより一層暑さを際立たせている。


「あー、しんどい」


 意味もなく声を出してしまう。つぅと滴り落ちた汗が右腕に挟んだコートに落ちた。


 噴水の前に立ち、腕時計に視線を落とす。時刻は七時前。夕食時なのか、辺りから食欲を刺激する香ばしい匂いが漂ってくる。


「今日の晩御飯は何にしよっか?」


 手を繋いだ親子が楽しそうに広場を通り抜けていく。バス停のベンチで高校生くらいの男女が肩を寄せ合っていた。


 みんな、幸せそうだった。というより、この世界の住人はみんな幸せだった。ただ一人、僕を除いて。


 無意識のうちに胸ポケットに手が伸びて、それがないことに気がつく。


 いったい、僕はいつから禁煙しているのだろう。


 それはきっと、記憶の奥底に眠っているあの少女のせいなのだろう。彼女のために、僕は禁煙を決意したはずなのだ。


 それからしばらくの間、僕はその広場で彼女を待ち続けた。来るはずのない彼女のことを、ずっと待ち続けた。


 気付けば辺りはすっかり暗くなっていた。空を見上げると、今度は美しい星空が広がっている。あの右側に見える砂時計みたいな星座はオリオン座だろうか。今夜は冬日になるなと、持っていたコートに袖を通す。


 それから少し経って、昼の暑さが嘘のように冷え込み始めた。次第に吐く息が白く染まっていく。それに呼応するように、広場の様々な建物に巻き付けられた電飾が鮮やかに光り出した。


 街はまるでこの世界を祝福するかのように輝き出した。そこかしこでライトアップされたイルミネーションが、より一層僕の孤独を深めていく。


 夕食を終えたのだろうか、イルミネーションを見ようと様々な人達が再び外へとやって来た。一度静けさを取り戻していた平場が、再び賑わい始める。


 耳当てを付けた赤いほっぺたの少女がお母さんに手を引かれていく。チラリと隣に視線を向けると、何度もスマホを見ながらそわそわと身体を動かす若い女性が立っていた。しばらくすると目的の男性がやってきたのか、彼女は頬を緩ませながら彼に抱きついていった。


 この世界で、僕だけが取り残されているような気がする。


 顔をほころばせている人々を見るたびにそう思った。


 結局、今日も彼女は僕の前に現れてくれなかった。僕はいったいどれだけの間、この場所で彼女を待てばいいのだろう。もう一層のこと、諦めてしまった方がいいのかもしれない。でも、それでも、諦められなかった。この世界にいる限り、何かしらの奇跡が僕にも起こるかもしれないと思ってしまうから。どうしても、諦めることが出来なかった。


 僕は「はあ」とため息をついてから、広場を後にした。美しい光に彩られた商店街を抜けて、浜辺へと向かう。時計の針が、二十三時を指すと同時に、島中に一日の終わりを告げるクリフ・エドワーズの『When You Wish Upon a Star』が静かに流れていた。


 その緩やかな音に耳を傾けながら砂浜を歩いていると、頬に冷たいものが触れた。反射的に頬を確認すると、それは小さな雫だった。視線を上空に向けると、さらさらとした雪が海風にあおられて狂ったように舞っている。


 そこで僕は改めて思い知らされた。ここが普通の世界ではないことを。ここが、今まで僕が暮らしていた世界とは全く違う場所だということを。


 白く燃えるような満月を背に、サンタクロースが夜空を駆けていた。


 その幻想的な光景を見て、思わず息を呑んでしまう。それと同時に、この場所は僕がかつて住んでいた場所とは決定的に違うのだということを、今一度思い知らされた。


 その時、近くにあった灯台のライトが夜の闇を切り裂き、海を照らし出した。海のはるか先に巨大な壁が見える。その壁は優に百メートルを超えていて、この島を――つまりはこの世界を――覆っているという。ライトが平行に動き、壁面を照らし出して行く。その壁面にはこう書かれていた。



 [Utopia Wonder World]



 ここは理想の世界。何もかもが完璧で誰一人悲しみを負うことのない完全な場所。そんな世界で、僕は理想を叶えられずにいる。

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