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 あの後、僕は月野を背負ってなんとか隕石の跡地から抜け出した。途中でタクシーを捕まえて、家まで向かった。


 タクシーの運転手は泥酔した月野を見ても嫌な顔一つしなかった。記号的な笑みを浮かべながら、一人でずっと喋っていた。


 アパートに着き、彼女をベッドに寝かせてからソファに沈み込む。頭の中は多くの情報が絡まったコードのようにぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


 こんな時はすんなり眠りにつけないと覚悟しながらソファに倒れ込んだが、気が付いた時には眠っていた。


 程よく酔っていたのが良かったのかもしれない。


★☆★☆★☆


 翌日、僕は嘔吐の音で目を覚ました。


 二日酔いに悩まされてゲェゲェ吐いているどっかの誰かさんとは違い、僕の体調は好調だった。のそのそとソファから起き上がり、ベッドに誰もいないことを確認する。


 そのままリビングを出て廊下に向かうと、やはりというか、案の定というか、月野がトイレで嘔吐していた。昨日の出来事を忘れるように、自分の中にわだかまった思いを全て吐き出すように、彼女は何度も何度も吐いていた。


 トントン、とノックしてから反応を待つことなくトイレのドアを開けた。


「どうやら便器と親友になったみたいだね」


 便座に抱きつくようにして、月野はぐったりとしている。


「ええ、トイレが私に離れて欲しくないそうで、もう大変ですよ。ていうか、勝手に入らないでください。不法侵入で通報しますよ」


「できるもんなら通報してみろ。連行されるのは君の方だ」


 僕はトイレの扉を閉じた。どうやらそこまで深刻な二日酔いというわけではないようだ。ドア越しに「少し出掛けてくる。十五分くらいで帰るから」と伝えた。


 身支度を整えてから外に出る。どうやら今日は冬日のようで、いつも着ているロングコートを羽織った。近くのドラッグストアでロキソニンとポカリスエットを購入し、次にコンビニで朝食を買った。こいつらは人間じゃない、ロボットだと思うことで少しだけ買い物が楽になった。


 家に戻ると、月野は枕に顔を埋めて亡霊のように唸っていた。彼女が顔を押し当てているのは、僕の枕ではない。いつの間にか僕の家にあった、あの身に覚えのない枕だ。


「体調、大丈夫か?」


 彼女はのそりと顔をあげて、ゆるやかに首をふった。あまり強く頭を動かしたくないのだろう。


「大丈夫じゃありません」


 言ってから、彼女はまた枕に顔を埋めた。そんな彼女を横目に、朝食の準備をしようとキッチンへ向かう。インスタントのしじみ汁にお湯を入れ、リンゴの皮を剥いている最中に、くぐもった声が聞こえた。


「サンタさん。私、変態かもしれません」


 枕に顔を埋めたまま、月野がそんなことを口走った。


「どうして?」


「もうしばらく、こうしていてもいいでしょうか?」


 それは、枕に顔を埋めていても良いか? ということだろうか。 


「なんだかよく分からないんですけど」と前置きして「この枕、凄く気持ちがいいんです。これを使っていると、とても気分が落ち着くんです」


「そうか。なら良かった」


「ええ、人の枕を捕まえてそんなこと言うなんて気持ち悪いとは思うんですけどね」


 そんな弱気なことをほざいてる月野の前を通り過ぎて、テーブルに朝食を並べる。


「おら、元気出せ。君の大切な奴隷がクリスマスプレゼントを持ってきてやったぞ」


 月野は顔をあげてテーブルにおかれたロキソニンに目を輝かせる。


「おぉ、流石は私のサンタさんですね。奴隷とサンタの両立、ご苦労様です」


「サンタクロースは子どもの奴隷みたいなもんだ。大したことないよ」


「夢も希望もないことを言うんですね」月野はジッと、机に並べられた朝食を眺めながら「まあ実際に、夢も希望も私達の前には転がってませんからね」とため息をついた。


 それから彼女はふーふーとしじみのみそ汁を冷ましてから一口飲む。


「あー、二日酔いの体に染み渡ります」 


「今度からは酒の飲み方には気をつけろよ」


 その言葉に、彼女は表情を曇らせる。


「今度から……」そこで一度言葉を区切ってから、月野は努めて明るい表情を作ったようだった。


「ええ、そうですね。今度からは気を付けます」


 その表情を見て、僕は自分の失言に気が付いた。


『せめて、死ぬ前にもう一度彼と会いたかった』


 昨日のあの言葉が、脳内に反響する。彼女にとって、今度が本当に来るのかは分からない。恐らく、そういうことだろう。


 だが、僕は彼女のそんな些細な変化には気が付かないフリをした。それを月野は望んでいるようだったし、僕は彼女との「忘れてください」という約束を守りたかった。


 月野はシャリッとリンゴを齧りながら、棚に並べられたCDを見ていた。


「驚くほど音楽の趣味がいいんですね。私の好きな曲が沢山あります」


「どうも」


 褒められたところで、別に嬉しくともなんともない。これは僕のCDじゃないからだ。このCDだって、恐らくは理想の彼女が残していったものだ。


「何か聞く?」


 綺麗に並べられたCDに視線を向けながら、月野に聞いた。


 棚の中には、ヨルシカの『夏草が邪魔をする』『だから僕は音楽を辞めた』『エルマ』BUMP OF CHICKEN の『jupiter』『ユグドラシル』the pillowsの『Please Mr. Lostman』Mr.childrenの『深海』などのアルバムが入っている。


 月野は棚の中を見て「うーん」と首を捻ってから「Mr.Childrenの『新海』も捨てがたいですが、ここはthe pillowsの『Please Mr. Lostman』にしましょう。『ストレンジカメレオン』が聞きたいです」


 今時『ストレンジカメレオン』を聞きたがる女の子がいるなんて思ってもみなかった。


 ディスクをCDプレーヤーに入れて、スイッチを押す。少し音質の悪い、くぐもった音が流れはじめた。でも、僕はこの音が好きだった。スマホから流れる高音質な音よりも、断然良い。


 僕達はそれからしばらくの間、心地よい音楽に体を預けていた。昨日のことは詮索しなかったし、お互い完全に無かったことにした。


 月野にも僕にも、今は休息が必要な気がした。一度現実から目を逸らして音楽に没頭するべきだと思う。


 しばらくして、月野お待ちかねの『ストレンジカメレオン』が流れ出した。 


「とても健康的な歌です」


 月野はこの悲壮感漂うどこか優しいメロディーに体を揺らしながら、そう呟いた。


 それは恐らく、一般的な感覚ではないのだろう。でも、その気持ちは痛いほどよく分かる。


「確かに、僕達みたいな奴らにとっては健康的な歌かもしれないね」


「ですよね」彼女は笑ってから「君といるーのーが好きで」と歌い始めた。僕も彼女に続けて歌い出す。


「あとはほとんどー嫌いで」


 歌っていて、不思議な感覚に包まれた。


 音楽とは全く関係ないはずなのに、手持ち花火をやっているシーンが、頭の中に浮かんできた。


「まわりの色に馴染まない出来損ないのカメレオン」


「優しい歌を唄いたい」


「拍手は一人分でいいのさ」


 そこで僕達は一度お互いの顔を見た。なんだか照れ臭くて、それ以上は歌えなかった。

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