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 その日僕は「きゃあ!!」という叫び声で目を覚ました。重たい瞼を擦って目を開けると、月野がゴミを見るような目で僕を見ている。


 彼女は僕のベッドの上で、身を守るように両肩を抱いていた。


「何もしてないよ」


 ソファで寝たせいだろう。身体中の関節が痛む。僕は凝り固まった肩をほぐしながら、ソファから起き上がった。


「本当ですか?」


 月野は疑い深い目のまま呟いた。


 僕は昨夜、いきなり倒れてしまった月野を背負ってここまで帰ってきたのだ。


「おいおい。感謝されることはあっても、睨まれるようなことはしてないぞ」


 事情を説明して、やっと思い出したのだろう。彼女はハッとした表情で「あれは失態でした」と顔をしかめた。


「おかげで腕や足が筋肉痛で大変だよ」


「それはサンタさんが運動不足だからです。私はそこまで重くありません」


 朝食の準備をしようとソファから立ち上がる。どうやら今日は冬日のようで、部屋の中は凍えるほど冷たい。月野が寒そうに両腕をさすって布団にくるまり出したので、ハンガーラックに掛けてあったカーディガンを投げてやった。


「随分と気の利く奴隷じゃないですか」


「奴隷じゃなくサンタさんからのプレゼントだ。有り難く着ておけ」


 バターを塗っただけのトーストに、塩と胡椒で味付けしただけのベーコン、インスタントのコーンポタージュ、簡易的な朝食が並んだテーブルに僕と月野は座った。


 テーブルの真横に置いた電気ストーブが、肌の水分を奪っていく。


 月野は特に何の感想も言うことなく、僕の用意した料理を淡々と食べていた。なぜかスプーンだけで料理を食べているのが気になったが、それより先に話したいことがある。


「ところでさ」


 僕がそう問いかけると、彼女はトーストを頬張ったまま目線をこちらに向けた。


「何ですか?」


 僕は自分の右目に手を当てながら、彼女の右に流れた前髪を見た。


「その眼帯は何なの?」


 昨日、彼女を寝かせる時に気付いてしまった。


「ああ、見たんですか」


 彼女は諦めたように息を吐いてから、右に流した前髪を耳にかけた。彼女の右目には、真っ黒な眼帯が付けられている。


「どうですか? 似合ってるでしょう」


 彼女の冗談を無視して僕は本題を切り出した。


「何でその眼帯を付けてるんだよ。別にファッションってわけじゃないんだろ」


 好きでやってるなら前髪で隠す必要はない。


 他人のファッションなんて、普段ならどうでもいいと一蹴するようなことだ。でも、なぜかこの眼帯は胸に引っかかった。知っておいた方がいいと思った。


「ご名答です。私はこの眼帯があまり好きではありません。だから、仕方なく付けているんです」


 それから彼女はおもむろにベットの方へ身体を向けた。


「この眼帯は昨日私が倒れてしまったのにも関係していますよ」


 言ってから、彼女は眼帯を取り外した。彼女の右目を見て、体が固まった。


「どうです? ギャップにやられちゃいました?」


 彼女の右目は夏の澄んだ空のように美しい青色をしている。


「あははっ。今、綺麗って思いましたよね?」


 これは傑作だとでも言いたげに、月野は笑っている。僕は正直に頷いた。だって、彼女の瞳は宝石だと言われれば信じてしまいそうなくらいには美しい。


「でも、私の話を聞いたらそんなことは言ってられませんよ」


「どういうことだ?」


 月野は何の躊躇もなく自分の右目に触れた。指さすとかそう言うことではなく、指先で直接眼球に触れたのだ。


「私のこれ、義眼なんですよ。青い義眼」


 彼女は震えた手でフォークを持った。そのまま、ベーコンにグサリと突き刺した。


「それで何が言いたいかと言うと、私、先端恐怖症なんですよね」


「それで君は昨日倒れたということなのか?」


「察しがいいですね。その通りです」


 床に散らばる無数の破片。窓ガラスを壊すたびに破片が自分に突き刺さるかもしれないという恐怖。気絶まで行くのかどうかは置いておいて、確かに、かなりのストレスがかかるだろう。


「でも、その義眼と先端恐怖症にどんな関係があるんだ」


 申しわけないが、繋がりが全く見えてこない。


「前言を撤回します。察しが悪いですね」


 月野はベーコンからフォークを抜き取り、もう一度深く突き刺した。そのままベーコンを持ち上げて「こういうことです」と言った。


「おい。無理するな」


 言いながら考えて、僕は察してしまった。それに気が付いた瞬間、背筋が凍った。思わず、僕は自分の右目を押さえてしまう。


「私は昔、刃物で眼球を突き刺されました。誰にだと思います?」


「家に押し入ってきた強盗、とかか?」


 僕の解答に月野は失望したようだった。


 彼女は項垂れて「それだったらどれだけ幸せだったでしょうか」と緩やかに首を振った。


「じゃあ誰なんだよ」


「父ですよ」


 あえて感情を押し殺しているのだろうか。つまらなそうに言って、彼女はベーコンを口に運ぶ。


「どういうわけか、覚えているんですよ。忘れたいことほど覚えていて、覚えていたくないことほど忘れてる。やはりこの世界はクソです」


「そんなことが、あったのか」


 平静を装って声を出してみたが、かすれきった弱々しい声が出ただけだった。指先が震えているのが、僕の情けなさを浮き彫りにしていた。


「ええ、私、日常的に虐待を受けているので」


 言いながら袖を纏り、彼女は右手を見せてきた。そこには赤黒いアザと、何かで斬りつけられたような跡があった。


「真新しい傷じゃないか」


「ええ、そうなんですよ。驚くべきことに、私はこの世界でも虐待を受け続けているんです」


「親もこの世界にいるのか?」


「そうですね。正確には、父と妹との三人暮らしですが、彼らは今でも私に暴力をふり続けています。恐らくですが、私を虐待することが彼らにとっての幸せなんでしょう」


「だから、この世界を壊したいのか?」


 自分を虐待することを許容しているこの世界が心底憎い。そう思っていても不思議ではない。命を賭けた復讐だと言われたら、それはそれで納得してしまう。


「あー、それも有りますね。でも、ちょっとだけ違います」


 そう言い残し、彼女は黙々と食事をとった。僕も同じようにして朝食を食べた。会話はない。それでいいような気がした。

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