第2話① 活発な私が好きってこと?
「…………女の子の匂いがする」
「え? 玲奈何言ってんの?」
「もしかして――彼女できたの! いやぁ〜お兄ちゃんに彼氏とか、玲奈感激〜」
帰宅後の玄関で、頬に手を当ててうっとりとし表情を浮かべるのは俺の三つ下の妹、玲奈だ。
黒髪のセミロングはサラサラで、癖っ毛や枝毛は一つもなく、中学に上がってから急におしゃれを始めた。可愛く、優しく育っております。
依存とまではいかないが、かなりのブラコンだ。
女子が俺の体に触れたのは、雨谷が俺の肩を軽く突いた程度だ。指先の匂いを嗅ぎつけた嗅覚――化け物か?
俺の肩をガッチリ掴んで、キラキラとした目で詰め寄ってきた。
「ねえ! どんな子!」
「いや、そんな人いない」
「もしかして……侍らせてるの!? ダメだよお兄ちゃん!」
「そもそもいるって言ったない」
「じゃあなんで女の子の匂いするの?」
「いや、それは……な?」
まさか雨谷が今日、やたらと距離を詰めてきたせいだとは言えない。肩に軽く触れたくらいで匂いが移るのかは謎だが、玲奈の嗅覚はマジで異常だ。
こいつの嗅覚は本当に異常で、俺がイチャついたことがわかるどころか、料理の調味料と具材を嗅ぎ分けて、擬似的にレシピを盗めるのだ。うん、人間辞めてるね。
そもそも俺が彼女できたからって何をするかが謎だ。俺はシスコンではないので、玲奈に彼氏ができても「あ、ふ〜ん」ぐらいにしが思わない。
「ふふん、玲奈の目はごまかせないよ?」
目じゃなくて鼻だろ、とツッコミたいが、そんな余裕はない。玲奈はすでにスマホを取り出し、何かを打ち込んでいる。
「……何してんだよ」
「ん? お兄ちゃんの彼女になる条件を考えてるの!」
「なんで玲奈が決めるんだ」
「えー? だってあのお兄ちゃんが彼女できるんだよ! 妹としてしっかり見極めなきゃ!」
玲奈は腕を組んで、真剣な表情を作る。
「優しくて、料理が上手で、家庭的で、お兄ちゃんのことを一番に考えてくれる子……」
「お前の理想だろ、それに、そんな奴……」
いるな。うん。優しいかはまだ吟味する必要があるけど、学校で俺のことを一番考えている人間だろうし。
「まあ、私の理想なのはそうだよ?」
「おい、開き直るな」
はぁ、とため息をつく俺を見て玲奈はじっと観察するように目を細める。
「……で、本当は誰なの?」
「いないって」
「じゃあ、試す」
「試す?」
「うん、明日もお兄ちゃんの服嗅ぐ」
「は?」
「それで明日も女の匂いがしたら、確実にクロ!」
「お前、探偵かよ……」
いや、どちらかというと警察犬か――こいつの嗅覚は信用できるからこそ、下手なことは言えない。だが、雨谷とは別にそういう関係じゃないし、何より玲奈にこれ以上詮索されるのは面倒だ。
まあ――雨谷の気持ちに応えられないのは申し訳ないが、恋愛対象として見るにはもう少し時間が必要だ。
「いいよ、好きなだけ嗅げばいい」
「え、本当に?」
「その代わり、もう詮索するなよ」
「うーん……それはお兄ちゃんの行動次第かな♪」
玲奈はニヤリと笑い、俺の制服を指差す。
「じゃ、脱いで?」
「いや、今?」
「今でしょ! サンプルが必要だし」
「お前、本当に妹か?」
「お兄ちゃんが怪しいのが悪いの!」
無駄にテンション高く迫ってくる玲奈に、俺はただただ頭を抱えるのだった――。
それと明日、雨谷の匂いをつけないための攻防戦が激しくなるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日――俺は決意していた。
(絶対に雨谷は近づかせない)
玲奈の嗅覚は異常だ。あいつが満足するまで俺の服の匂いを嗅ぐとか、俺と玲奈の関係が歪んでるみたいで嫌だ。
つまり今日は、雨谷との接触を極力避けることが最優先事項だ。
「よし……」
教室の扉を開ける。いつも通りの朝――のはずだった。
「塩川く〜ん!」
(……来たか)
俺が一歩踏み出した瞬間、教室の端から駆け寄ってくる人影。それは、もちろん――。
「おはよ!」
満面の笑みで俺の前に立つ雨谷。
元気いっぱいで、なんの躊躇もなく俺との距離を詰めてくる。
「お、おはよう」
自然な流れで肩を叩こうとする雨谷の手を、俺はスッと避けた。
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、今、肩叩こうとしたんだけど……避けた?」
「気のせいじゃない?」
「うーん……?」
不思議そうに小首を傾げる雨谷。
ここで不審に思われるのはマズい。自然に、あくまで自然に距離を取らなければ。
こんなしょうもない事で雨谷が傷付いたら、向ける顔がなくなる。
「塩川くん、今日ちょっと距離感おかしくない?」
「そうか?」
「昨日まではもっと近かったのに……」
「昨日は昨日、今日は今日。寧ろ昨日が近すぎたんだろ」
「えー? なんか冷たくない?」
雨谷がジト目で俺を見つめる。
(やばい……このままじゃ余計に絡まれるパターンだ)
作戦変更だ。ここで逃げるのではなく、逆に自分から距離を取るのを悟らせないようにしなければならない。
「いや、ちょっと寝不足でな」
「え、大丈夫? 私のこと考えて寝れなかったんだね! それなら私が元気分けてあげるよ!」
そう言って、両手を広げる雨谷。
(待て、これは……)
「ほら! 塩川くん、ぎゅーって!」
「いや、待て」
両腕を目一杯広げ、いつでもハグできる体勢の雨谷。
周囲のクラスメイトたちもザワつき始めた。「え? もしかしてそういう関係……?」「あの胸が体に……」「羨ましいな……塩川、そこ変われ」とか言ってるね。うん、俺が一番困惑してるんだ。
(これはアカン。匂い以前に……)
「ちょっ……お前な……!」
「えへへ、朝の元気チャージ!」
「なんでそうなるんだよ!!」
俺は必死に腕を伸ばし、雨谷の肩を押さえて距離を確保した。
「な、なんで避けるのー!」
「お前な……ここ、学校だぞ……!」
「あっ、そうか……!」
ようやく気づいたのか、雨谷は「あはは、ごめんごめん」と笑いながら頭をかく。
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