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異能興行/一目惚れ

 大歓声がスタジアムを揺るがす。


 都市リベリオで興行に参加する全クランの地位が決まるランク戦。それを盛り上げるべく、イベント概要の説明の前に、ファン人気投票などから選考されたアクター二名によるエキシビションマッチが、ここ中央スタジアムで行われる。



◆◆◆



 ひどく薄暗い、坑道のような廊下。ゲートの向こうには、ギラついた灯りと観客たちの雄叫びが渦巻いている。


「師匠……」


 深呼吸。


 白い髪、花から煮出したような真っ赤な瞳。

 地味ではあるがハイブランドであることを窺わせる白いシャツと青いデニムのアクター、ジュラ・アイオライトは、ただ前を見据える。


 日々の興行でも、このエキシビションを最後にアクターを辞める師匠との決別の舞台でも、胸に去来するものはいつも同じだ。


 早くこの狭いところから飛び出して、みんなの前に踊り出たい。自分のパフォーマンスで、観客を沸かせたい。ジュラ・アイオライトの全てを使って、ファンの期待に応えたい。


 ゲート前のあたりで、スタッフが腕で制する。


「よろしく頼む」

「おう。期待してるぜ、ジュラ」

「今日が師匠の最後の試合なんだ。よく見ていてくれ」

「あいよ。しかしまぁ、勝つ気マンマンじゃないか。師匠の最後なんだろ?」

「関係ない。俺は師匠を越えた。その証拠にあの人を打ち負かし、興行への未練を全部断ち切る」

「いいね、そういうの」

「だろ?」



◆◆◆



「や、師匠」

「辛気臭い顔。いまにも泣きそうじゃないですか」

「師匠こそ」


 石畳のリングに上がる二人。


 収音・防音・耐衝撃……あらゆる機能を備えた結界が客席を覆う、すり鉢状の施設の底。白髪の青年と、長い黒髪の女性が向かい合う。


「言っておきますが、私はエキシビションだからってお行儀よくヤるつもりはありません」

「負けたがりのセリフだろ、それは。俺も貴女に花を持たせるつもりはない」

「おや。てっきり餞の一つや二つは、と期待していたのですがね」

「貴女には似合わない。貴女こそ、この興行の舞台の華だ」

「気障なことを言いますね。ホントは寂しいだけなクセに」

「悪いかよ」

「可愛いって言ってるんですよ、愛弟子」

「バカ師匠」


 言葉を交わし、二人は抱擁を交わしたあと対戦開始規定である五メートルの間隔を取った。



『所属なし、《O.O.O.オベイ・オーダー・オブザーバー》アルヘナ・ポルトロ。武装は工房ヌァザ製銀の腕(アガートラム)、その他魔剣十種についてはスクリーンをご覧ください。

 クラン“イミテレオ”所属、《大完声(エヴォルテージ)》ジュラ・アイオライト。武装はハイドラント・コーポレーション製魔剣マルミアドワーズ。


 参加アクターは以上となります』


『両者、魔力置換(アストラル)体への換装を確認。Ready――』



 荘厳なゴングが鳴った。


 先に駆け出したのはジュラ。青地に金の装飾が施された大剣を振りかぶりながら、早期決戦を視野に入れた特攻を試みる。


(師匠の術式《O.O.O.オベイ・オーダー・オブザーバー》は武装を遠隔操作する術式……なら、距離を詰めない理由はない!)

(――とか、思ってますよねぇ!)


 アルヘナの右腕に嵌められた籠手が、銀色の輝きを放つ。


「うまく避けましょうね」

 ジュラの刃とアルヘナの手のひらが触れるという刹那、五つの指先から魔弾が撃たれた。


「だろうな!」


 距離を詰めない理由はない。そんなことは、アルヘナ本人が一番わかっている。


 今回新たに用意した銀の腕(アガートラム)は、術式を介さず様々な魔弾を扱うことのできる武装だ。無理矢理にでも接近してきた相手は、これで迎撃できるという構築だ。

 ――というのも、ジュラは看破済み。


 前述の条件から新たに武装が加えられたら、迎撃を警戒するのは当然だ。大きく身を捩り、小粒の弾丸を回避する。


 その一瞬にも満たないロスに、宙に浮く魔剣は食い付く。


「っ……《《大完声(エヴォルテージ)》!」


 突き立たんとする刃が、魔力の壁に阻まれた。


(ジュラの《《大完声(エヴォルテージ)》……空間に漂う魔力を吸収し自らの力に変える術式……やはり、私とは相性が悪い)


 アルヘナの術式《O.O.O.オベイ・オーダー・オブザーバー》は、魔力で形作った不可視不可触の手を振るうようなイメージを伴う。体外に放出する魔力の面積が大きいということは、当然表面から剥がれ霧散し、ジュラのものとなる魔力も他のアクターの術式より多くなるはずだ。更に遠隔操作という都合上、威力も下がってしまう。強化された単純な魔力放出による防御も突破できなくなるのは必定といえる。


「最高だよ、愛弟子!」

 この窮状、相性差など折り込み済み。アルヘナは弟子の成長を喜びながら、中空に待機させた魔剣の一本を手に取る。


 剛剣マルミアドワーズと、延焼術式が宿った魔剣がかち合う。刃から柄へ、柄から腕、ジュラ本体へと消えない炎が渡った。


 服を脱ぐように、火がついた魔力の殻をパージするジュラ。


「そうしますよね、そりゃ」


 術式によるバフもあるが、ジュラ自身の魔力量も並のアクターとは比較にならない。判断力と決断力さえ伴っていれば、魔剣の影響を受けた端から薄皮のように剥がして無力化するのも容易いだろう。


 延焼以外の九本……雷撃、呪毒、拘束、爆破、凍結、圧縮、混乱、麻痺、そして魔力阻害……も奇怪な形の剣に成り下がった。


「どうする?」

「ナメやがりまして……!」

 詰みを確信したことを読んだのか、ジュラが不敵な笑みを浮かべる。


「手数なら、負けません!」

 大きくバックステップ。続いて手を振り翳し、漂わせた魔剣を一斉にジュラに叩きつける。


 雨か霰か、数十数百の剣撃がジュラに降り注ぐ。その挙動全てを脳一つでマニュアル制御しているアルヘナは目と鼻から血を垂らすが、それを拭う隙すら厭い、連撃を緩めない。


 会場の誰もが息を呑む中、煙幕が晴れた。

 金属音を立てて魔剣たちが落下し、笑い出した膝をアルヘナが叱咤する。


「俺の勝利条件は――」

「……くそったれ……」

「――師匠の強みである、手数を受けきった上での勝利だ」


 ジュラ・アイオライト、健在。

 魔力で作り上げるアストラル体にこそノイズが走っているが、ダメージとは認められない。


「……師匠」

「なんだい、泣きそうな顔をして」

「アクター辞めて、何するんだよ」

「ポーターだよ。私の術式は、ほら、向いてるだろ」


「…………」

「寂しいのかい?」

「……寂しい。けど、」


 ひどく恭しく、ジュラは大剣でアルヘナを貫いた。


「最後まで膝をつかなかった、俺の師匠。貴女のように、俺も、アクターとして貴女に勝つ」


 アルヘナの魔力置換(アストラル)体が、過度な損耗による魔力漏出によって維持できなくなり、崩壊する。



◆◆◆


 ジュラ・アイオライト。


 都市リベリオで行われる異能興行において、最強の実力と最高の人気を誇るトップアクター。


 師と仰ぐアルヘナ・ポルトロに完全勝利したことで、その地位を揺らぎないものとした。



◆◆◆


「こちらになります、レィル・クアンタム嬢」

 慇懃な奴隷商に案内されるまま、血とカビの臭いがこびり着いた薄暗く狭い階段を降り、ワンピースタイプのドレスを纏った令嬢レィルは、目当てのものを見つけた。


「……ジュラ・アイオライト――ですか……?」

 震える声で問いかける。


 脱走など想定していないような体裁だけの檻の中、左脇腹を包帯で固く覆ったジュラ・アイオライトは、少女の声に鋼鉄めいた視線で答えた。


「あ、あの……わたし、クアンタム製術機関の一人娘、レィル・クアンタムです」

「………………」

 無口な男だが、話に耳は傾けているようだ。レィルは小さな手をキュッと握り、続ける。

「あなたを、買います」

「よいので? この男は……」

「よいのです」


 奴隷商からの心配を振り解くように、レィルは小切手を差し出した。

「スレッド氏。ジュラ・アイオライトに好きな値をつけなさい」

「……そう申されましても…………」

 そう言い淀む奴隷商の意識は、かろうじて檻と呼べなくもない鉄柵と、その中に座り込む凄烈な獣に向けられた。

「この男に値段はつきません。この通り、ワタシとしちゃ脱走も構わないという風でして……」

「つまり?」

「レィル嬢が望み、この男が応えるなら、売買は成立ということです」

「そう」


 レィルは頷いて、薄い胸元から財布を抜き出すと、数枚ある黒いカードのうち一枚を奴隷商に手渡した。


「なッ……」

「言ったでしょう。言い値で買う、と。世話になりましたね、スレッド氏」

「お待ちください、レィル嬢!」

「あら。まだなにか?」

「一応規則ですので、奴隷――

「奴隷?」

「いえ……ジュラ・アイオライトとの術的契約を結んでいただきたく……」

「失礼しました。あぁ、いえ、魔具は必要ありません。わたしの術式は契約術も扱えますので。……ジュラさん、よろしいですね?」

「………………」


 ジュラは相も変わらず無口なままだが、彼の弛緩した雰囲気を受けて、レィルは了承と取る。


「では。――《拘束令状(レディ・タキオン)》」


 レィルの細い手先から溢れた光芒が、朧げながら鎖を象って、ジュラの胸に刺さった。



◆◆◆



 ジュラ・アイオライトはアクターである。


 さまざまな環境・状況において、鍛え上げた肉体と磨き上げた技術、積み重ねた魔術を競う”異能興行”の闘士――アクター。彼らを抱えるクランがコロシアムに客を招き、()()()()()を繰り広げるコンテンツ。輝かしい勝利を手にしたクランは、アクターは、多くのファンから賞賛を浴びるのだ。



 ……半年ほど前。

 クラン”イミテレオ”のクラン代表ナゾラ・イミテは激昂していた。


「ジュラ! キサマ、今度という今度は――」

「――やるわけないだろ、八百長なんて」


 魔力置換(アストラル)体を解き、生身に戻ったジュラは、やけに明るい控室に戻るなり怒鳴られて、露骨に眉を顰めた。


「キサマは”イミテレオ”のメンバーだろうが! 俺に従うべきだろう、違うか⁉︎ ……いいか? お前が何気なく勝った相手はな、”ホップログ”が推そうとしてたニュースターだったんだ! 『マグレとはいえデビュー戦でジュラ・アイオライトに勝利した』、その箔を付けてやらねばならんと、しっかり言い含めたはずだ!」


 ナゾラの怒声に、今日の試合を終えた”イミテレオ”のアクターたちのほか、隣々の控室を利用していた他クランも集まってくる。


「……八百長で一度俺に勝って、その次はどうするんだよ」

「自信がつくだろうが!」

「実力もないのに?」

「キサマ、ジュラ・アイオライトッ!」

 ナイフを腰溜めに構えて躍り出たのは、話題に登っていたスター候補だった。肉体も魔力も、その殺意さえも凡百な、特に語るべくもない男である。


 先の試合、彼のオッズは上級興行(通常の興行のうち、上から数えて二番目のグレードである)でも異例の30.66倍。これは上級興行でも稀に見る、久々に顔を出した故障ロートルなどが受けるような評価であり、無名の新人でも五倍……ジュラが相手でも八倍が相場である。屈辱だっただろう。


「……気の毒に」

 彼ほどではないが、分不相応な推され方をされたアクターを、ジュラは嫌になるほど見てきた……その末路も。


 なにより、ファンに失礼だ。観客に失礼だ。興行に失礼だ。この男もだが、八百長を持ちかけてきた“ホップログ”も、それを受けた“イミテレオ”も。ジュラは、怒りや呆れより、憐憫をこそ胸に抱えた。


「殺してやる!」

 ひどく直線的な、素人同然の突進。

 しかし、ジュラは避けられなかった。


「…………」

「やった……!」

 ナゾラの歓喜。

「これは……」

「ひひっ……。魔剣だよ……『不生不殺(いかさずころさず)』、致命傷を与えない代わりに一度だけ不可避の攻撃を許された――」

 とはいえ、刺さったのは左脇腹だ。致命傷を与えないとしても、ほぼ致命的ではある。魔術が帯びる制約に向き合った、良い奇襲であると評価せざるを得ない。


 鮮血を滴らせながら、熱いものが引き抜かれた。ダメージに気を取られた隙に、二度、三度と外付術式の解除されたナイフが突き立てられる。


「……それがどうした」

 四度目を、ジュラは男の手首を捻り上げて防いだ。傷口は魔力で覆われ、命が零れ落ちることもないだろう。アクターは、生半可な致命傷では倒れない。


「化け物……っ」

「普通だよ、このくらい」

 軽い音を立てて落ちたナイフを向こうへ蹴り飛ばし、ジュラは――二人目は“イミテレオ”のアクターだった。意識の間隙を突く蛇のような動きで、奇怪な形の魔剣を、ジュラの傷口に寸分違わず差し込んだ。


「⁉︎」


 油断ではなかった。《追影(ハイドシーカー)》という、直前の行動をトレースする場合に限り自身の一切を観測させない術式を持つアクター、ジュラと同じ“イミテレオ”所属の花形トリア・トリアの奇襲を防げる者などいない。


 爆ぜる剣先。吹き飛ぶ五キロの血と肉と骨。これが興行ならば魔力置換(アストラル)体の活動停止や崩壊で試合終了となるのだが、いまの彼らは生身だ。誰もが、ジュラの死を確信した。


「…………いい奇襲だ、トリア。興行の場で喰らいたかったよ……」

 不敵に笑うジュラに、一同は小さく悲鳴を上げる。


 意識がある。立っている。ジュラ・アイオライトは、どういうことか生きている。


「てめぇのそういう態度が気に食わねぇ!」

 その中で、トリアだけが戦意を保っていた。

 二度目の爆発。ジュラ・アイオライトは倒れない。


「畳みかけろザコども! いまなら、その手でジュラをやれるんだぞ⁉︎」


 狂奔だった。

 トリアの喝破に、みな応えた。


 ――総勢二十七名による数分間の攻撃を無抵抗で受け続け、挙句固有術式を刻まれた擬似臓器を略奪されたジュラは、最後に告げる。


「残念だ……。俺と"イミテレオ"の術核争奪戦、さぞ盛り上がったろうに――」


 驚怖。畏怖。恐怖。


 静けさの中に、ただそれだけが渦巻いた。

明るくて健全な競技性能力バトルです。よろしくお願いします

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