夫の浮気に気付いたら、愛情は薄れてしまう。離婚を認めない夫をどうすればいいのかしら?
結婚して十年、そう聞くと、凄く年をとったように思われてしまうかもしれないけれど、私はまだ二十五歳、夫のクリスノートは二十六歳。
結婚して一年ほどの間は夫は私に夢中で、屋敷の中のいたるところで二人で愛し合った。
初めて足を踏み入れた、ランドリールームでも愛し合ったこともあるわ。
時には陽の光の中で試したいと言われ、四阿や、テラスででも愛し合った。
最初の一年で堪能しすぎたのか、子供が出来てからは、まず私にその気がなくなり、そうしている間に夫は仕事が楽しくなってしまって、仕事にのめり込むようになり、執事に「お子様は最低でも三人は・・・」と言われて、入れて出すだけのおざなりな方法で子供を作り、執事に文句を言われなくて済むように、五人の子供を作った。
夫との距離はすっかり開いてしまって、関心を買いたくて色々試したが、見向きもされなくなってしまっていた。
夫は他の女性に現を抜かすようになってしまった。
私はそれが許せなくて、夫に切り出した。
「あなたがメイリーという女性と懇ろになっているのは知っているわ」
夫は必死で誤魔化そうとしたけれど、メイリーを屋敷に呼んで、問い詰めた後だったので、私がメイリーとの事細かなことまで話して聞かせてあげた。
夫は真っ青になり「ほんの出来心なんだ」とか「愛しているのはユーリアンだけだ」とか適当なことを言っていたけれど、今更もう、二人の関係を戻そうという気にはならなかった。
夫に「離婚しますか?」と聞くと「そんなつもりはない」と言い「メイリーとはほんの遊びなんだ」と私に取りすがった。
隣室からメイリーが現れて、夫はその場で私とメイリーを見比べて、私を選ぶことにしたようだった。
けれど私は夫に「私にもう興味も持てないでしょう?」と聞くと「そんなことはない」と言っていたけれど「私はクリスノートに興味は持てないわ。許せないって言う気持ちのほうが強すぎて・・・」
「私は絶対にユーリアンと離婚はしないよ!!」
と開き直って私に言っていたけれど、メイリーはその場に泣き崩れていた。
「メイリーをどうするつもりなの?」
「メイリーだって解っていたはずだ。浮気は所詮浮気なんだってことくらい」
「はぁぁーーー、自分勝手にもほどがあると思うけれど、そうね。所詮浮気は浮気よね」
「そうだろう?!」
「だったら私も浮気してもいいわよね?」
「だめに決まっているだろう!!」
「なぜ?」
「君は女性じゃないかっ!!」
「だから何?」
「万が一妊娠したりしたらどうするつもりなんだ?!」
「メイリーが妊娠したらどうするつもりだったんですか?」
「そ、それは・・・」
「男性でも女性でも一緒だと思うわ。私はあなたが浮気した以上、私も浮気します。あなたは約一年間浮気したのだから、私も約一年間浮気しますね。子供は作らないようになるべく気をつけますね。絶対はありえませんけど」
夫とメイリーはその日の内に終わったようだった。
メイリーとは子供の小遣い程度の金額で別れたようで、最後にはメイリーに殴られ、渡したお金は突き返されたようだった。
私は夜会やお茶会へ積極的に出かけるようにした。
不思議なことに一人で出かけると、一夜のお誘いはいくらでもあった。
残念なことに若い男になど興味は抱けなかった。
閨ごとの手練手管が得意らしいという噂のカリーシュイという三十代後半の男性の誘いに私は乗った。
誘いに乗ったと言っても、その気があるようなふりをして、その場の駆け引きを楽しんだだけだった。
夜会やお茶会でカリーシュイに会うと、自然と二人になり、誘い誘われ、はぐらかしては唇が触れそうなほど近寄っては、身を引いた。
カリーシュイも楽しんでくれて、私を欲しがり、手に入らないと嘆き悲しんでくれた。
カリーシュイに「なぜこんな駆け引きを楽しんでいるんだい?」と聞かれて「夫の浮気への報復なの」と答えた。
「本当に浮気をするかどうかは解らないわ。その気になるかもしれないし、その気にならないかもしれないわ」
「では、本気を出そうかな・・・」
「怖いわ、私なんて、赤子の手をひねるより簡単じゃないのかしら?」
「筋の通った女性を落とすのは簡単ではないよ。けれど君が欲しい・・・」
「フフッ。ありがとう。そう言ってもらえて凄くうれしいわ」
「ああ、君の旦那様が来たんじゃないかな?ものすごい勢いで、こっちに向かってくる男性が居るよ」
私は笑って「楽しそう」と言った。
カリーシュイは楽しそうに笑って、私の手を取って、ダンスホールの真ん中へと連れ出した。
そのダンスはまるで睦み合っていると感じてしまうほど、淫靡なダンスだった。
ダンスが終わった後、カリーシュイは私の目の前に跪いて、手の甲にキスを落とした。
「意味のない指輪をプレゼントしたら受け取ってもらえるだろうか?」
「ウフッ。気が向いたらね」
「君が好みそうなものを探してくるよ」
「楽しみだわ」
「二週間後のドリアル家の夜会で会おう」
「楽しみにしているわ」
カリーシュイは立ち上がり夫の角度からは、唇にキスしているように見えるようなキスを頬にして、別れた。
夫は私の手を取って「子供達が待っている!!」と言って屋敷へ連れ帰られたけど、子供達は既に夢の中で、夫にベッドに押し倒され、結婚して直ぐの頃のように愛された。
自分の物が取られそうで、それが許せなかっただけなのかもしれないけれど、久しぶりに夜を楽しんだ。
二週間後、ドリアル家の夜会に参加すると、カリーシュイはすぐに私の側に寄ってきて、二人がけのテーブルに陣取り、私に指輪を見せた。
「まぁっ!すごく綺麗!!」
「だろう?君が気に入ると思ったんだ。はめてくれるかい?」
「ええ。とても気に入ったもの。私のために選ばれた指輪を断るなんてできないわ」
カリーシュイは私の右手をとり、薬指にはめてくれた。
「サイズもぴったり・・・」
私は指輪をうっとりと眺めた。
「喜んでもらえて、私も心から嬉しいよ」
カリーシュイの顔を見て私は微笑み「すごく嬉しいわ。本当にありがとう」
「いいえ、どういたしまして。また一緒に踊ってもらえるかな?」
「喜んで」
二人で見つめ合い、体をくっつけて、ただ揺するだけのダンスをする。
体が内から燃えるような気がする。
潤んだ瞳をカリーシュイに向けると「そんな顔をしたら食べられてしまうよ」
「私、そんなに物欲しそうですか?」
「ああ、今直ぐ欲しがっているよ。フゥー・・・旦那様がやってきたよ」
「すごく残念だわ。主人が来る前に連れて行ってくれたら良かったのに」
「次回も楽しみたいからね」
「そうね、私もそう思うわ・・・」
また頬にキスをして、カリーシュイは私から離れていった。
夫がやってきて私の顔を見た途端、私の手を取って私を家へと連れ帰った。
それから三日間、クリスノートは私を愛したけれど、私のために選ばれた指輪ほど感動することはなかった。
「ねぇ、やはり離婚しましょう」
「あの男と一緒になるのか?!」
「それはないんじゃないかしら?」
「でもね、私、男性に愛されることを思い出したの。私のことだけを考えて私が欲しがるものを選んで、私のためだけに選ばれたこの指輪は宝物になったわ。もう、クリスノートは私のためにプレゼントをしようなんて考えもしないでしょう?私、死ぬまで女であり続けたいわ」
「絶対に許さんっ!!絶対に認めないからなっ・・・」
それからは外出禁止令が出されて、仕方なく屋敷で大人しくしていた。
お茶会を毎日開いて。
古い知り合いから、新しい知り合いまで色とりどりの方を呼んで、女同士の話を楽しんだ。
子供達を連れて来る方もいらっしゃるので、私の子供達は楽しそうに遊んでいる。
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私は右手の薬指に嵌っている指輪をくるくる回すのが癖になってしまった。
夫は何が目的だったのかは解らないけど、死ぬまで私との離婚は認めなかった。
私の心は夫の元にはもうなかったのだけれど、私を保有しただけで満足だったのか解らないまま先立たれた。
私が死してもこの右手の薬指の指輪だけは外さないで。
死の間際、子供達にお願いした。