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第一章 ミレと妖精の使い #2

「あーっ、疲れたね!」

ミレが大きな声でそう言って、原っぱの上に寝転がりました。

「たしかにー。レーナは暴れるしね。」

同じく寝転がったミイナが言って、 ふふっ、 と二人は笑いました。

二人の呼吸に合わせて、草と花が揺れています。

「誰が暴れたのよ。」

二人の体に大きく影が掛かって、少し顔を上げるとそこにはレーナが立っていました。

おおっ、とミレが声をあげると続いてミイナが、

「レーナさん、リドリーの面倒見なくていいんですか?」

茶化すように、にやっと笑って言いました。歯の抜けた笑顔が眩しく見えます。

「リドリーは寝ちゃったわよ。本当手のかかる子…」

どすっ、とレーナもミレの横に寝転がると、草がきゅっ、と小さく鳴りました。

リドリーは、少し離れたあまりきれいとは言えない木製のベンチで、すやすやと寝息を立てています。時おり、

「うーっ‥」

と唸って寝返りをうつと、汚いベンチがギシギシと音を立てます。そろそろ誰かが直さないといけないベンチです。

「男の子って、いつもこんなことしてるのねー…」

思い出したようにレーナが呟くと、

「何が?」

ミレが真ん丸い瞳を向けて、そう訊ねました。

レーナが目をつぶったまま、眠りそうに

「ボール蹴りとか、ケンカとか…そりゃ大人になったら力持ちになれるわよね。」

「そうかな?」

ミレが体ごとレーナに傾けていいます。

「うん、だから、私、男の子になりたかった…」

「‥うん、そうだね…」

ミレは微笑みながら、首をゆっくり持ち上げて青空を眺めました。

風が速く流れ、それと共に旅をする雲が、地上に影と光の陰影(コントラスト)を作ります。

目をつぶると、目の中に、光がいっぱいに広がります。

「……」

ミレはしばらく光を感じて、うとうとしていましたが

「…?」

レーナが話さないのに気づいて、横を向きました。

「…すー」

「あれ」

レーナは小さな寝息を立てて、眠っていました。

いつもの少し恐い顔は、可愛らしい寝顔に隠れています。

ミレはふっと微笑んで、レーナの頭をなでました。

「ミレ」

ミレは後ろから呼ばれたのに気づいて、体を上手く反転させます。

ミイナが寝転がったままこちらを見ていました。

「なぁに?」

ミレが穏やかな笑顔で訊くと、ミイナは真っすぐな瞳で、

「私達、こうやって、大人になっていくのかな…。男の人を羨ましく思いながら、男の人と結婚して、子どもを生んで、育てて…そうやって、一生を過ごしていくのかな…」

でも不安気な視線で、空を透かし見ます。

その横顔を、ミレは透き通った瞳で見つめました。

「 よーし!!!」

「ひっ!?」

急にミレが大声を出して立ち上がったので、夢うつつのレーナは驚いて声を上げました。ミイナが笑います。

ミレはそんな二人の前で、くるりと上手く踊って、

「気分転換!二人とも市場に遊びに行きましょう!」

楽しそうに笑顔で誘いました。

ミレの笑顔は、時には庭に降り注ぎ、時には川面で煌めき、時には深い森にすら届く、そんな太陽の光を思わせる笑顔でした。

二人はそれを知っています。

「えーっ!!もう飽きた「よ」「わ」

同時に反対の声を上げた二人でしたが、ミレは遠慮せずに二人の手を取り、ぐいぐい引っ張って起こします。

途中、疲れたんだけど、とか私もう帰りたいよー、とかまぁまぁいいじゃないですか、など会話を交わしながら三人は、

村の中央に続く道へ消えて行きました。

そんな女の子達三人を見ながら、

「女の子っていつも楽しそうだな。」

男の子の一人がつぶやきました。





「ブルーベリージャムとリンゴジャム、この袋に、一つずつ。」

そう言って一人の少年が銀貨の入った大きくはない皮袋を差し出した。

その少年は、よく見ると暗い森の中を走っていた不思議な雰囲気を持つ少年だったが、今はその周りを険悪な空気が風もないまま流れている。

「……っふざけるんじゃないよ!!」

目の前の店の恰幅(かっぷく)の良い女性が少年の足元にりんごを投げつけた。

りんごはおよそ半分以下に砕けて散った。

「人殺し!!あんたたちが何したかもう忘れたっていうのかい!!」

女性は顔を真っ赤にし、つばを吹きながらも雑多に並ぶ商品越しに少年を睨みつけ、少年は冷静に中年女性を見つめていた。

しかし、その瞳に一瞬、悲しい色が(はし)ったように見えた。

「あんたたちがフィンスを連れていかなければ、フィンスは死なずにすんだんだ!!この魔女の手下め!!」

「ルーネスやめろ!殺されるぞ!」

商品を飛び越えんばかりに少年に掴みかかろうとした女性を、隣の店のそばかすの多い中年男性が押さえつけた。

それでも振り切ろうとする女性を止めるため、三人の男が女性の元へ集まった。

しかし、ルーネスと呼ばれた女性は太い腕を器用に動かしいくつかの手から逃れて

「お前達に売る商品なんてない!!帰れ!!くれてやるから二度と来るな!!」

そう言うと同時に商品の棚を掴むとほぼひっくり返すように商品を投げた。

その商品達は、もはやどこへ飛んで行くのかも分からず時おり少年の足元に落ちてきた商品を彼は軽い足どりで避けた。



「…何…あれ…」

その時ちょうど市場の近くに来ていた村娘三人のうちの一人、レーナが指を差して言いました。

「あれ、ルーネスおばさんだよね…?何であんなめちゃくちゃになってるの!?」

ミイナが愕然(がくぜん)とした顔でつぶやいていると、

「えっ?なに何?こっちからじゃ見えないーっ!!」

ミレがぴょんぴょん飛び跳ねながらミイナの頭を押さえてのぞき、

「おや。」 一言だけつぶやきました。

ミイナがミレの手の下で、ちょっと重いって、とぼやきます。

突然レーナがあっ、と声をあげて、

「初めて見たけど…あれって、魔女の仲間じゃないの?」

黒いフードの少年に気づいてそう言い、ミイナも驚いて、

「魔女って…東の森に住んでる伝説の魔女のこと!?」

「それ以外誰がいるっていうのよ!!」

レーナもやや興奮して返します。

この時、ミレの興味心にあふれた瞳に気づく者は、誰もいませんでした。



一目見ただけでは、賊に荒らされたのかと思えてしまう市場の道の一つ。

そこにまた、新しくジャムの瓶が飛び、石にぶつかり中身を飛び散らせながら止まった。

そのブルーベリーのジャムは、忘れられない過去を思い出させるように、徐々に少年の足元を侵喰していく。

やがて、ジャムが少年の片足を取り囲んだ時

「…帰って、くれないか。」

ルーネスを押さえていたそばかすの多い中年男性が、静かに言った。

ただじっと、足元のジャムを見ていた少年が、言葉に気づき顔を上げた時そこには、見つめる目があった。

ただ、何も言わない。

しかし、そこに確実に息をし、消える事のない憎悪の炎が、少年を捕えようと対峙していた。

それは、一つや二つではない。

いくつもの炎が、ただ、静かに少年を囲んでいた。

「…」

少年は、その目の意味を悟り、その場にしゃがんだ。

そこに音を立てないように袋の中から銀貨を取り出して置き、

「…お金は、置いていきますね」

静かに言った。

「待って~っ!!」 その時ミレ達の後ろから大きな声が聞こえた。

ミレが振り返ろうとした刹那、少年がこちらを振り返った。

フードから覗く金色の髪。切れ長の、(グリーン)の瞳。

「あ…」

「リドリー!!」

ミレの小さな呟きを遮って、レーナが叫んだ。リドリーが、ぜいぜい言いながら、走り寄って来る。

「リドリーどうしたの?寝てればいいのに‥」

「だってー、一人になるの嫌なんだもん…」

リドリーとミイナはそんな会話を交わして、

「あれ?」

リドリーが会話を遮った。

「どしたの?」

「お腹でも痛い?」

続けて問うレーナとミイナに、

「ううん、あの男の子誰?こっちに向かってくるけど…」

「「えっ!?」」

三人が振り返った時少年は三人のすぐ近くまで来ていた。

その姿は、まるでページを開いてすぐ目にとび込んでくる、どこかの本で描かれた死神のようだった。

「キャ~~~~っ!!!!」

「魔女~~~~っ!!!!」

「わわっ!!」

続いて事態を察したリドリーが、

「ま、魔女!!?キッ、キャ~~~~ッッ!!!」

叫びながら走り出した時、

ドッ!!

「わっ!!」「きゃあっ!!」

パニックを起こし逆走していたリドリーと少年がぶつかって二人とも弾かれたように逆方向に吹っ飛ぶ。

その勢いで、少年の服のふところに仕舞われた袋からジャムの瓶がひとつ飛び出て転がった。

「痛た…」

「うぇ~ん…」

二人は見事におしりから着地し動けないでいた。

ミレは、近くに落ちたジャムの瓶を視線で焦がせそうなほど見つめていた。

「リっ…リドリー…」

レーナがリドリーに恐る恐る言った言葉に反応して、少年が素早く顔を上げる。

「ひっ!」

レーナのかすかな声の悲鳴をあげた時、少年は軽く勢いをつけて立ち上がった。

そのまま身を翻して、すぐ近くの森に走り入って行く。

「あ…まってっ!!」

ミレもいつの間にかジャムの瓶を握りしめ、森へ飛び込んで行く。

「ミレ!!」

レーナの呼ぶ声も何も、もはやミレにはきこえていない。

ミレはただ、黒いフードの後ろ姿を追い掛けていた。

「そこから先は魔女の森よ!!入ったら二度と戻れない…」

ミイナが最後まで言うより早く、疾る二人は突然不思議に生まれた霧の中へ吸い込まれていった。

呆然とする二人の足元で、

「まっ…魔女恐いよぉお…」

リドリーが、スカートを頭から被り震えていた。






ここは魔女の森だと だれかがいった

おそろしい魔女が 人を捕えて食べてしまうのだと

僕がたどり着いたのは妖精の森だった

土や花や木が輝いていて

妖精の女王と子どもの妖精たちが暮らしていた

魔女の森だなんてだれがいったんだろう

ここにあるのは妖精の森

妖精に愛されて生まれた森

魔女なんて いない



キラキラした、蝶の鱗粉を蒔いたかのような木々が立ち並び、息するごとに、その鱗粉が体に入って来るのではないかと思える、深い、森の中。

「ミレ、キーック!」

そう言って、薄い霧が晴れ少年の背中に追いついたミレが澄ました顔でスライディングを繰り出しました。

そのスライディングは、柔らかい土を均等に削り、見事にもたついた少年の足を捕えます。

「うわっっ!!?」

少年はそのまま左斜め前になって倒れ、 べちょ、という音と共に、金色の髪を土の中に埋もれさせました。

そのあと少年は、目を瞑ったまま動く気配を見せません。

そんな事はおかまいなしに、

「うわーっ、ブーツどろどろだーっ…」

ミレが苦い顔をして自分のブーツを眺めていると

「おい…」「あら。」

少年がやっとよろつきつつも泥土の中から立ち上がりました。

髪も服もドロドロのその姿は、体から湯気がみえそうに滲み出ている怒気との可笑しさを感じさせます。

少年は、ばっと顔を上げ、目の前にいるミレを睨みつけ、

「お前っ…なんなん、」

「はい、コレ♪」

ミレが少年の言い終わるより早く、ジャムの瓶を差し出しました。

少年が恐る恐るラベルを見て、

「ブルーベリー…ジャム?」

「君が落としたんだよ?」

ミレが何事もなかったかのように言いました。

少年は無言でジャムをミレからつかみ取ると、

“べちょぉっ!!”

思い切り地面にぶん投げました。

その際また、少年の服に泥が飛び散りましたが、少年はそんな事気にしません。

「ああっ!!ブルベリジャムっ!!」

ミレが叫んでいる間に、少年はペタペタと森の奥へ歩いて行きます。さっきまでひっくり返っていた人の動きには見えませんでした。

「食べ物粗末にしちゃだめっ!!これだから最近の若い子はーっ!!」

ミレは小走りに少年に追いついて、後ろを歩きながらぐちぐち言います。

少年は勢いよくミレを振り返って、

「ついて来るな!‥って何してる!?」

「え、君のせいでジャムの瓶汚れちゃったからねぇ~」

「だからって人の服で拭くなっ!!汚い!!」

「君、充分汚いけど‥」

「…」

少年が抑えきれない怒りを顔に出した時、

「綺麗な金髪なのにね。」

ミレがすっと少年の髪に手を延ばしました。

少年は驚いて半歩退がりましたが、ミレは少年の髪の泥をひとつかみ捉えて

「私もそんな髪になりたかったな。」

どこか懐かしさを思わせる微笑でわらいました。

「…?」

少年はその懐かしさが何なのか分かりませんでしたが、

「あ…君、黒い髪…」

ミレの髪の色にはやっと気づきました。

ミレはもう片方の手で髪を少し触って、

「これね、生まれつきなの。お父さんもお母さんも普通の金色なんだけど…私だけなぜか。

最初は病気じゃないかって言われるし、男の子達にもからかわれていやだったけど…

もう振り切れたから良いかな?とか思ってたんだけど…

やっぱ綺麗だね。」

言いながらまた髪の泥を捉えました。

森にわずかに差し込む光が、少年の髪とミレの手を繋ぐように照らします。

「そう…なのかな。」

少年が自分の気持ちを探すかのように返事に困っていると、

「私、ミレ!」

「え?」

少年が唐突に聞いた言葉に顔をあげるとミレの視線とぶつかりました。

そしてミレはにこっと笑い、

「私の名前!ミレって言うのさ♪」

何だかよく分からないポーズをつけて言いました。

「ミレ…」

少年はただ呆気にとられたように復唱して、

「うん!ミレだよ!で、魔女くん!」

ミレはがしっ!と、少年の両手を掴むと

「私と友達になってくれないかな?私今まで魔女の友だちなんていなかったからさー♪」

今日一番の笑顔で言いました。

その笑顔は光のあまり届くことのなかったこの場所に、大きな(ひかり)をもたらしました。

少年はその言葉と、何より笑顔に驚き、そのまま固まってしまって

「…ダメかな?」

ミレが少年の顔を見つめながらいくぶん真剣に言いました。

「え…っと…」

少年はミレの真剣な声音で我に返って、しかしそのまま視線を森の空へ移し、しばらく見上げ、ミレも真似をして、

「…ウィリアン様に訊かないと」

顔を戻すなりそう言いました。ミレは曲げすぎた首をいてて、と戻しながら

「ウィリアン様?それって…ってちょっと待ってっ魔女くんっ!」

また森の奥へと歩き出した少年を追いかけていると、途中で少年はくるり、とミレの方を向き、

「‥僕の名前はシルバだから。」

そう言って少し微笑み、また前を向いて歩き出しました。




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