第61話 昇華
「そういや、美鈴って駈の連絡先持ってないの?」
思い出したように彩夏が笑い声を遮った。それに美鈴はすぐに答える。
「そうよ。交換しそびれていたから、いつしようか考えていたところよ。今しちゃおうかしら」
「え、付き合ってるとか言われてたけどまだその段階に達していなかったのか」
「ちょっと片桐くん。その段階ってどういうことよ。ほら、駈くん。早くスマホで読み取って」
「お、おう」
駈は慌ててQRコードを読み取る。すると、見覚えのある名前とアイコンが映され、迷わず追加を押した。
「よし、これでいいわね。これからはこれで連絡を取り合えるわね」
美鈴は軽く笑みを浮かべているが、顔を少し俯かせているため駈たちからは見えない。
無事に交換し終えた二人はスマホをしまった。
それと同時に、交換しているところを見ていた速人は何かに気づいたのか、何か言いたげな様子で首を傾げていた。
「ん、どうかした?」
「いやさ、二人ともクラスグループに入ってるじゃん。そこから追加しなかったのかなって」
「……あ、確かに」
同じグループに入っているのなら、追加したい友だちのアイコンを押せば追加できる。駈はそのような経験がなかったため、今の今まで忘れていた。
だが、美鈴がそのことを忘れていたとは考えにくい。むしろ、美鈴自身が勝手に追加してもおかしくない。色々と忙しくて頭になかったのだろうか。
仮にそうだったとしても、結果的に交換できているなら気にする必要はない。これで楽に報告もできるし、何かあった時にも連絡できるし。
「ま、まあ。これで連絡を取りやすくなったわけだし、別に気にしなくてもいいじゃないかしら」
美鈴も、駈と同じことを思っていたようだ。
しかし、それが嘘だと気づいているのか、彩夏がジトっとした目で美鈴を見ていた。
「いや、この前うちが聞いたじゃん。グループから追加すればって」
「今はそんなことどうでもいいでしょう。交換できたのだから」
「なんでそんな拗ねてんの……?」
美鈴は腕を組みながら彩夏とは反対の方向を向いた。もし、彩夏の言っていることが本当なのだとしたら、何故わざわざ直接交換しようと乗り出したのか。
駈は考えてみたが、結局わからず。速人も美鈴の様子を見て頭に疑問符を浮かべている。
「美鈴はな。駈と仲良くなりたいんだよ」
「そうそう。三橋くんと仲良くなりたくて、直接聞いたんだよ」
「ちょっと、二人とも!」
美鈴は焦っているのか声を張らせた。そして、隆と悠は逃げるようにこの場を離れ、美鈴はそれを追いかける。
さっきも怒られていたというのに懲りない二人に駈は心配そうな目で見ていた。美鈴が怒っている理由はわからないが、ずっと追いかけまわしているし触れてほしくないことだったのだろう。
それにしても仲が良い美術部。駈は少し羨ましく思っていた。
「そういや噂のことだけど」
「ん?」
そういえば噂話が出回って以降、駈は彩夏と話していなかった。美術室に向かっている時が久しぶりの会話。噂話のことが気になるのは仕方ないが、否定するのも疲れている。
だが、彩夏はそのことについて聞こうとはしなかった。
「名前で呼び合ってるのが原因っぽいよな。うちらの時もそうだったよな」
「ん? そんなことあったっけ?」
「いや、覚えてないの? うちが速人と仲良くなってすぐのことだよ」
「あー、あったようななかったような……」
駈はそのことを覚えていた。
入学して初めての考査が終わった頃。上位の結果が開示されたときにその噂は広がった。それは今回の噂話と同じようなもの。
友人がいなかった駈でも小耳に挟んでいた。速人に限ってそんなことはないと思っていたため無視していたのだが。
「忘れてんのか……。まあ、とにかく。今ここにいるみんな名前で呼べば気にしなくなるんじゃね。うちらの時は自然に消えたけど」
その時も名前で呼んでいたからそんな話が出てきた、そう考えた彩夏はこの提案をしてきた。
確かに噂は噂。勝手にどこかへ消えていくものだが、今は文化祭のこともある。そして、美鈴は部活のこともあるからこれ以上迷惑をかけては申し訳ない。
これで早めに鎮火するかはわからないが、それよりも名前で呼んでいないことに違和感を少なからず感じていた駈はその提案を飲み込んだ。
「そうだね。今度からは名前で呼んでみる」
「おお。じゃあ、俺もあいつらのこと名前で呼ぼうかな。その方が自然だし」
速人は駈が噂を気にしていることを知っていた。だからこその行動なのだろう。
いつの間にか美鈴たちの姿は小さくなっていた。校門を超えそうなあたりまで追いかけていたようだ。
「よし、俺らも校門まで競争すっか!」
「あ、速人! ずるいぞ!」
「あ、ちょ!」
先に二人は校門まで走ってしまった。
いつも、そうやって先に行ってしまう。いや、置いてかれてしまう。
自分なんか、とふさぎ込んで閉じこもる。足踏みを止めてしまう。
そんな自分とは、さよならしたい。
だったら、追いかければいい。そんな自分を置いて、新しい自分を追いかければいい。
「もう……」
駈は溜め息をついてから笑みをこぼした。
先に行った二人を追いかけるために走る。
その足は軽い。今までよりも軽く、前に向かっている。
「お、駈。意外と速かったな」
「速人が先に行くからだろ……。久しぶりに全力で走った、って彩夏は?」
「後ろにいるぞ、肩で息してる」
駈が後ろを向くと、今にも倒れそうな顔をっした彩夏がゆっくりとこっちに向かっていた。
「ちょっと、駈。速いって……はあはあ……」
「なんで彩夏まで走ってるのよ。運動苦手なんだから無理したらダメよ」
「速人が悪いんだよ。急に競争するとか言うから……」
「もう、変なところで負けず嫌いなんだから」
美鈴は呆れた様子で額に手を置いた。美鈴は疲れていないのか平然としている。追いかけられていた側が気になった駈が隆と悠の姿を探した。
「あれ、隆と悠は?」
「あの二人なら校門の外で座ってるわよ」
言われた通りに校門の外に出てみると二人はいた。
座っているというより軟体動物のようにフニャフニャになって倒れていた。さすがに驚いた駈は二人に声をかける。
「え、大丈夫?」
「あ、駈か……」
「文化部にはきついよ……死ぬ……」
「ほら、二人とも。さっさと帰るわよ」
下校時間をとっくに過ぎているからか美鈴は急かしている。あまりに鬼畜だ。
それも二人のせいだからなのか遠慮がない。隆と悠の腕を掴んで無理やりにでも連れて行こうとしている。
さすがに自分で立てるほどにまで回復しているのか二人はのそっと立ち上がった。
その様子に駈は苦笑していた。美鈴を敵に回したらどうなるか、考えたくもない。
この後、速人と彩夏も校門を出た。彩夏は元気を取り戻したのか、隆と悠の疲れ切った顔を見て大笑い。速人もそれにつられて笑っている。
何もそこまで笑わなくてもいいのだが、そのくらい彼らを信頼しているのだろう。笑い飛ばして昇華できるほどに。
「あーおもろ。ん、にやけてどうした?」
「いや、なんも」
駈は速人に聞かれてそう答える。
目の前に広がる仲睦まじいやり取り。ありふれた日常のはずなのに安心する。
駈は気づかないうちに、口元を緩ませていた。




