第56話 心配事
気づけば外はオレンジ色に染められている。それも今は9月、夏よりも早く西日が落ちているようだ。
「うげ、気持ち悪い暑さだな……」
しかし、まだ湿った空気に30度に迫る気温。それはドアから出た者だけが味わう不快感で、その一人に駈は含まれていた。
「うわー、本当だ」
「ジメジメしてますね……」
彩夏と結花もファミレスから出ると、文句を垂れては項垂れている。さっきまでの楽しげな表情はどこへやら。
それも、食事をしている最中も談笑は続いていたのだ。最初こそ大人しくしていたのだが、じっとしていられない彩夏がまた駈をいじり始めたことから事態が動き始める。
駈は適当にあしらっていたのだが、彩夏は一向に引かず。その様子を横目で見ていた結花が文化祭の話を持ち掛けたことでようやく落ち着いた。
彩夏のいるA組は射的や輪投げなど、祭りでよく見る出し物を作るらしい。そして、その出し物について案を問われた。それぞれアイデアを練り出しては声に出す。
そんな時間が続き、いつしかありきたりなものは出尽くしていく。その後は祭りとは関係なく、触覚のみで物の名前を当てるゲームなどテレビでよく見るものばかり。
しかし、彩夏は参考にすると言ってスマホに案をまとめていた。そんなことをしていたらテーブルにあるプレートは空になっていて、今に至る。
「さて、今日はここらで解散になるのかしら」
「そうだな」
駈は楽しかった時間に若干を寂しさと期待を覚える。それが声に表れているのか、息を漏らしながら賛同した。
「それじゃ、俺らはこっちだから」
「それでは、また来週学校で。結花さんも気をつけてね」
「はい! 美鈴さんもお元気で!」
隆と悠、そして美鈴は西日がこぼれる方角へと進んでいく。それぞれの表情が強い光で見えづらいが、またねと手を振っていることはわかる。
駈は返すように大きく手を振り、逆方向へと体を向けた。
「よし、うちらも帰るか」
「そうですね!」
その声に合わせて三人は横並びで帰路へつく。
「いやー、楽しかったなー」
「彩夏が誘ってくれたおかげだな、ありがたいよ」
駈は感謝を交えながら彩夏を称えるように言葉を告げる。
もし、そのまま帰っていたら。もし、誘われなかったら。隆と悠によそよそしい態度を取り続けていくことになったのだろう。
この時間があったからこそ互い砕けた態度で接することが出来た。そう思ったのだから、自然と感謝が出てくることは当然だ。
「今回は結花ちゃんがいたのが一番大きいけどな。それに、うちは話したいことあったし」
「あ、文化祭の出し物の話ですか?」
「いや、違う」
結花は的を得たと思っていたのか得意気な表情を浮かべていた。しかし、それは一瞬にして曇ることになる。それも、さっきまで笑顔だった彩夏の表情が消えていたのだ。
彩夏は、なにやら真剣な面持ちで正面を向いたまま黙っている。話したいことがあると言っていたのに静かなのは何故なのだろうか。駈は思わず唾をのみ込み、その時を待った。
「駈に聞きたいんだけどさ」
「ん」
駈は平然を装いたいところだが、普段と違う彩夏の様子に動揺している。その証拠に短い返事しか出来ない。
「美鈴は無理というか頑張りすぎてない?」
「……無理してる?」
「うん。美鈴はやると言ったことは最後までやるタイプなの。それで、どんなに疲れていても無理するの。今だって委員長と部活、文化祭実行委員をやってる。さすがに心配しちゃって。あはは」
彩夏はしんみりとした空気が苦手なのか乾いた笑い声を出した。しかし、瞳は正直に不安だと訴えてくる。
駈は今までの美鈴をありのまま伝えればいいのだが、それで彩夏は満足するのだろうか。
すると、彩夏は赤裸々に過去のことを話し始めた。
「うちはね、体を動かすこと以外は何でもすぐに慣れて上手くいってしまうのね。それのせいで中学生の時は一人だった。だけど、そんな時に同じクラスだった美鈴が話してくれたの、その時も委員長と美術部に入っててさ」
駈は口を挟むことなく相槌だけを打ち続ける。それで彩夏が話しやすくなるのなら、そうする他ない。
彩夏は坦々と静かに、悲しげに言葉を続ける。
「うちは暇なときに絵を描くのが好きだったの。美鈴はその絵を見て話しかけてくれたんだよね。それで美術部に入らないかって、私以外に同学年がいないからって。もちろん、うちは嬉しくてそのまま入部、したんだけどね」
「何かあったのか?」
「……あった。入部してから絵も上達していってコンクールでも上位に入ったり、ね」
「もしかして、美鈴よりいい成績を残すようになっていったってことか?」
彩夏は小さく頷く。
趣味で先にやっていたとはいえ、誘った相手に抜かされては誰だって悔しくなるのは当然。それに、あの美鈴だ。人知れず努力して追いつこうとする姿が容易に想像できる。
「また嫌われるのかなって思ってたんだけど、美鈴がね。あなたはあなた、私は好きなことをやりたいようにやるだけよって言ってくれて。多分気にしてはいたんだろうけど、よく遅くまで残っていたし」
「それで、今の美鈴が心配ってことか……」
またしても、彩夏は頷くだけ。
すると、今まで大人しく話を聞いていた結花が口を開いた。
「美鈴さんなら大丈夫ですよ。言葉にキレがありますしね!」
これは初対面だった結花の直感なのだろう。
もし、疲れているのなら口喧嘩のようなものはするはずがない。それに、今日は早く終わっているので休むことも出来る。
駈は心配している彩夏に優しくありのままを伝えた。
「そうだな。美鈴なら大丈夫だと思う。準備している時もまわりが手伝ってくれてるし。無理しているって気づいたら声かけるようにするよ」
「それ、本当?」
彩夏は安心しているのか今にも泣きそうな表情で駈の目を見た。
信じてほしいとは思っていないし、もしかしたら今も無理をしているのかもしれない。だけど、今は教室で見てきた美鈴をありのまま伝えればいい。ただ、そう思った。
「うん。だから、安心してくれ」
「……そっか! それなら安心だ!」
彩夏はスッキリしたのか、硬くなっていた表情を柔らかくさせた。
「それじゃ、うちこっちだから! 話聞いてくれてありがと!」
「おう、またな」
「彩夏さん、また遊びましょ!」
彩夏は「おう!」と元気よく言ってから背中を向けた。
その背中からどんよりとした空気は感じられない。そして、今までよりも信頼に満ち溢れているように見える。
「よし、俺らも帰るか」
「はい!」
駈と結花も帰路につくため、彩夏に背を向けて歩き出した。
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