第43話 自分らしさ
花火大会。それは駈にとって、家の中で遠くの方から聞こえる雑音のようなものだ。人が多いところは苦手だし、まわりはリア充だらけで早苗に誘われたって行かない。
今年も家で読書を嗜みながら独りで過ごす――はずだったのに。
「うーん……」
「お兄、ご飯できるから手伝ってー」
駈はスマホ片手にソファに座ったまま動こうとしない。
画面には花火大会のページが開かれていた。
以前の結花とのやり取りで『花火大会』という単語が出てからこの調子だ。しかも誘われているような文章も添えられていたため、余計に頭の中がいっぱいになる。
早苗や両親が部屋に戻ってきた時も。
空港でお土産を選んでいた時も。
家で課題に取り組んでいた時も。
そして今も、自分から誘おうか悩んでいた。
(マジでどうしよ……)
今まで速人を遊びに誘うことはあっても今回は花火、ましてや異性だ。何度も何度も送信前に入力した文章を消しては入力してを繰り返した。
そんなことをして気づけば花火大会の当日。始まるまで7時間弱。未だに結論が出ていない。
「ちょっとお兄、話聞こえてんのー?」
駈は慌ててスマホの画面を伏せた。背を向けているため見られたかどうかは分からないが、口調から怒っているのだろうと思い、「ごめんごめん」と謝罪から入る。
「ずっとスマホいじってるじゃん。早く準備手伝ってよー」
「……準備? なんの?」
「もう! やっぱ聞いてないじゃん!」
「いてっ……」
早苗は持っていたおたまで駈の頭を叩くと、わざとらしく音を立てながらキッチンに戻った。キッチンから漂う匂いから食器の準備を手伝ってほしいと勘づいた駈は、申し訳なさそうに後を追う。
叩かれた衝撃で忘れてもよかったのに、手伝っている間も誘い文句を考えていた。
『今日、予定ある?』
リア充っぽくて気持ち悪い。
『結花って花火大会に興味ある?』
いや、言われた当日に聞き返せよ。
『今日花火大会あるけど、行く?』
直球すぎて、気持ち悪すぎる。
食器を取り出す度に思い付いた文章はどれも駈が送れるような代物ではなかった。
「お兄、食器一つ多いけど」
「……おっと」
指摘されてやっと気づいた駈は慌てて食器を戻す。先週から変な様子を見ていた早苗は横目に見ながら盛りつけ始めた。
今日の昼食は早苗特製チャーハン。濃い味付けに豚肉とミックスベジタブルをふんだんに使用した、なんともジャンキーな一品だ。この料理は早苗が気合を入れたい時に作られることが多い。
「いたただきます!」
「……いただきます」
早苗は勢いよくチャーハンにがっつき始めた。駈はこれが出てきた日は何か大事な用事があるときだと知っていたため、それとなく聞いてみる。
「……今日は何かあるの?」
「んー? 今日は花火大会だよー」
「ふーん……」
やはりそうかと聞かなくても分かっていたことを悟られないように軽く相槌を打つ。
もちろん、理由がなく聞いたわけではない。結花も一緒に行くのか聞き出すためだ。もし、一緒に行くのであれば誘わなくてもいい。そう思った駈は探ろうと言葉を続ける。
「……誰と行くの?」
「めいちゃんとみーちゃんだよ。いつも遊んでる友だち」
「あれ、小春さんは?」
「ん、こはるんは行かないって言ってたからなー」
「そうなんだ」
駈は半ば嬉しい気持ちから口角が緩んでいく。
なぜ嬉しくなっているのか分からない、さっきまで誘わない理由を探していたはずなのに。
複雑に絡まる感情にモヤモヤしてきた駈はチャーハンを口の中にかきこんだ。
なぜ悩んでいるのか。ただ誘いたいだけなら、素直に言えばいい。自分の中で結論が出た駈は勢いよく皿を置いた。
「早苗」
「は、はい!」
急変した兄の態度に早苗は思わず姿勢を正す。まるで説教でも始まるような張り詰めた空気が漂い始める。しばらく静寂が続き、さらに緊張感を巡らせる。駈は覚悟を決めたのか深く息を吸い込み、早苗の顔を見た。
「あ、あのな。聞きたいことがあるんだけど」
「……え?」
早苗は思っていたテンションと違う上擦った声に拍子抜けになり、思わず顔の力が抜けていく。さらに、なぜか駈は顔を赤らめていたため、意味不明なこの状況に困惑の表情を浮かべている。
「い、いや。異性を遊びに誘うときなんて聞いたらいい、のかな?」
明後日の方向を見ながら情けない声で妹に意見を求める兄。なんとも滑稽な光景だが、それでも駈は真剣だった。
「……ぷっ、あはは!」
「ったく、笑わなくてもいいだろ……」
駈はテーブルに肘をつきながら大笑いしている早苗を横目で見た。
頼ってもいいと言われたことを思い出した駈は意見を聞きたいだけだった。どうせなら誰とでも仲良くできる早苗の意見を参考にしてみたいと思っただけだったのだ。
しかし、いざ頼ろうとすると勇気が必要。どう思われるか、とか余計な事を考えていたら頼れない。だから、勇気を出して声にしたのに。
「あー、おもしろ。そんなこと聞くなんてさすがはお兄」
「なんだよ、さすがって。俺は早苗なら異性とも関わり多そうし、聞いてみただけなんだよ」
「まあ、私男子と遊ばないから分からないけど変に考えなくてもいいんじゃない? 自分らしさっていうの? かしこまって誘うより普段通りの方が相手も感じよく受け取れると思うし」
思ったより大人の意見が返ってきて聞き入ってしまう。確かに思いついた文章はどれも駈らしくないものばかり。変に困惑させるより普段通り接した方がいいのは腑に落ちる。
しかし、『自分らしく』とはどういうことなのか。悩みが減ってまた一つ。これも早苗に聞いてみてもいいのだが、さすがに連続で頼ることに抵抗があるのか聞こうとしない。
「ごちそうさま! んじゃ私すぐ行くから!」
「……え!? まだ花火まで時間あるよね?」
考え事をしていた駈が声をかけた後、「いってきまーす!」という声と共に玄関の扉が閉まる音が聞こえた。早苗らしいと言えばそうなのだが、出掛ける時間くらいは伝えてほしいものだ。
(自分らしさ、か……)
頭の中がスッキリしたのか思考がまとまってくる。今までのことを思い返しながらスマホを手に取った。
「……よし」
駈はさっきまでとは違う、落ち着いた装い。そのままゆっくりと口にチャーハンを運んでいく。
自分らしい誘い方とは何なのか。
開かれた画面には、すでにメッセージが送られていた。
『今日、丘で会える?』
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