第36話 帰省の途中
八月も中旬、いわゆるお盆と言われる時期。
車の窓からちらちらと見える空は雲一つない快晴で、普段と変わらない堂々とした装いの陽が差し込んでくる。まわりは山なのか木々が見え、呼吸をすると入り込んでくる空気はいつもより澄んでいた。
駈は母である三橋紗季の帰省のため、家族総出で北海道に来ている。毎年来ているのだが、朝からの大移動には未だ慣れる気配がない。疲労で押しつぶされそうな瞼を無理やりこじ開け、窓の外を眺め続ける。
「お兄、あれ見て! 鹿!」
早苗は窓の向こうに指をさす。毎年来ているというのに新鮮味を感じているのか喜々とした表情は駈とは正反対だ。
ゆっくりと体を起こした駈は差された方向を見るが、何もいない。あまりにも遅い動作の途中で鹿は通り過ぎていた。起こしていた体から力を抜き、倒れるように背もたれに腰を預ける。
いつもなら文庫本でも読んで時間を潰しているのだが、どうも今年は外を眺めている時間が長い。手に持っている物もスマホだ。誰かの連絡を待っているのかしっかりと握られ、ポケットにしまうこともない。
しばらくするとスマホが振動し始めた。下に向けていた画面をすぐさま裏返し、寝ていたスマホを起こす。
『もう北海道に着いた頃かー?』
通知欄に表示されたメッセージは速人からだった。事前に北海道に向かうと伝えていたため、今どこにいるか気になったのだろう。駈は返信しようと指を動かしていると、もう一つメッセージが送られてきた。
『お土産よろしくなー』
真っ先に送る言葉がそれかよと言わんばかりの呆れた表情を浮かべているが、どこか笑みもこぼれている。
『もう着いてるぞ、お土産も買っとく』
『あざ!』
簡単なやりとりを済ませ、またしてもスマホを寝かせる。
(お土産か……結花にも何か買おうか)
結花とは看病されてから会っていない。家に親戚が集まるとかで忙しいらしく、ここ最近連絡も取れていない。きっとまた連絡が来るだろう、きっとまた会えるだろうと期待している駈は寂しそうに外を見る。
毎週のように会っていた、そんな習慣のようなものが途絶えると、一気にやるせない気持ちにさせられるのは何故なのだろうか。行き場を失った感情に押しつぶされそうになっていた体を動かして姿勢を正した。
「よし、昼飯休憩にするか」
父である三橋孝は小一時間の運転で硬くなった体をほぐそうと肩をまわす。駈は促されるままに車から降りた。
「うわ、あっつ……」
「確かに暑いわねー」
紗季は顔にめがけて差し込む陽を許さんと手で遮る。北海道の夏と言えど、暑さは普段過ごしている町とそこまで変わらない。着いた場所は大きめの道の駅でお土産屋はもちろん、定食屋や海鮮物の食事処が入った建物があった。
「あー、涼しいー……」
開かれた自動ドアから出てくるひんやりとした空気に思わず声をこぼす。
「お兄、本当にだらしないよー。ほら!」
「いっ!? 叩くことないだろうよ……」
両親の前であっても容赦のない早苗はいつもと変わりない。丸くなった背中を思いきり叩かれた駈は痛そうに背中をさすりながら姿勢を正した。
「何やってるのよ。ほら、孝さん行ってるわよ」
母親の表情と言うべきなのだろう、優しく見守るような目で仲睦まじい様子を見ながら、クスクスと笑っていた。
駈は小っ恥ずかしくなったのか若干顔を赤らめながら足早にこの場を後にする。先に待っていた孝のもとについた三人は何を食べようかと楽しく話し合っている。
駈は家族と仲が悪いわけではない。
両親がしている仕事の関係で家を空けることが多く、こういった一家集まって時間を共にする機会が少ないだけで、普段は暗い空気など縁がないような温かい家庭なのだ。
「私ラーメン食べたい!」
「よし、じゃあラーメンにするか」
中々決まらなかったが早苗の一言に後押しされ、今日の昼飯が決まった。普段外食しない駈にとっても目を輝かせるもので、不満など抱いていない。そのまま家族と並んで目当ての店に向かった。
混んでいるのかラーメン屋の入り口に少しばかり列が出来ていた。まだ正午になっていないこともあり空腹を我慢できるため、店員に人数だけ伝えた。待ち時間で注文を決められるのか、メニュー表が渡され、そのまま列に並ぶ。
「うーん、どうしよ」
早苗は真剣な表情でメニュー表に目を通していた。流石は北海道と言ったところか、味が幅広く、そしてトッピングも豊富だ。
「はは、そこまで悩まなくてもいいだろう」
すでに何を食べるか決めていたのか、孝は笑みを浮かべながら急かしてくる。
「んー、これにする!」
「お、どれどれ……」
早苗が食べようとしているのは大きいチャーシューが乗った味噌ラーメン。それもこの店のおすすめメニューで、駈も気になっていた。何だか被らせたくないと変な対抗心を抱き、再度メニュー表をなめるように見る。
「じゃあ俺はこれにしようかな」
「お、駈もいいの選ぶねー」
孝は感心しているのか腕を組みながら首を縦に振る。いつの間にか駈たちの前に人はおらず、早苗はまだかまだかと目を輝かせて待っていた。
「四名でお待ちの三橋様ー」
「はい!」
早苗が手を挙げながら勢いよく返事をすると、店員は「あちらの席へどうぞ」と案内した。
「あー腹減った」
「お腹空いたなー」
孝と早苗はお腹をさすりながら案内された席に腰を下ろす。
「もう、孝さんったらだらしない」
「早苗もだぞ」
すかさず紗季と駈は注意する。
やはり、親と子は似るのだろうか。店員が「ご注文はお決まりでしょうか?」と言うや否や、注文をする孝と早苗。それを微笑ましく、どこか呆れた様子で見守る紗季と駈。
場所は違えど、久しぶりに家族団らんの時。まさに絵に描いたような仲の良さは周りの空気を温かくさせ、そして冷めることはない。
駈はラーメンが来るまでの間、スマホなど気にせずに家族との時間を有意義に過ごした。
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