第35話 頼るって難しい
「……ん、ん?」
玄関から騒音とも聞こえる大きな足音に、駈は瞼を開ける。その足音は駈の元へと近づいていき、扉の目の前でピタリと止んだ。
「お兄! 体調大丈夫かい!?」
勢いよく扉が開けられたかと思うと、そこにいたのは元気が有り余っている早苗だった。
「心配してるなら大声を出さないでくれ……」
はぁ、と駈は大きい溜め息を出しながら起き上がり、額に手を置く。心配しているような表情どころか、ひょうきんに笑う早苗に呆れていた。急に神妙な面持ちで迫られても違和感が湧いてくるだけだし、早苗らしいと言えばそうなのだが。
「お兄から返信なくて急いで帰ってきたらリビングにいなかったから心配したんだよー。でも顔色良くなってるから安心した!」
確かに、体調は良くなっていた。自然と起き上がった体と手の動きは驚くほど軽くなっている。視界はいつも通りに戻っており、揺れることはない。そのまま床に足をつけて立ち上がろうと、体を運んでいった。
「急かすようなことしてごめん。とりあえず、体調は良くなったみたい」
駈はベッドから離れると、寝ていた体を起こすように目一杯腕を上にあげて伸ばす。眩暈の類も感じられない体は、完全と言っていいほどに回復していた。
(あ……)
腕を下ろしながら顔を早苗の方に向けた時、床に落ちているものを見て目を丸くさせた。それは扉に押されているのか、早苗から見えない位置にある。しかし、バレたら少々面倒だ。
「そういやさ、洗ってあるお皿があったんだけど何か食べたの?」
「え? あ、ああ。そうだよ」
怪しさ満点の焦りを見せる駈に、早苗は細い目をしながら凝視する。何を思ったのか、早苗は急に小さく溜め息をついた。
「はあ、もしかして買い物行った? あの薬もその時に?」
早苗はテーブルの上にある薬を指さしながら問う。買い物に行ったことを責めているのか表情は変わらない。しかしこれはチャンスだ。
「そうそう。簡単に食べれるものを買いにいって、薬はそのついでに」
本当は結花がすべて関わっているのだが、言えるわけもないので咄嗟に嘘をついた。自然な態度で振舞ったつもりだったが、早苗の表情が変わることはない。若干張り詰めた空気は緊張感を伝えさせる。
「そんなに体調が悪かったんなら言えばいいのに。私はお兄のかわいい妹なんだよ? 頼れるとこは頼ってよ」
いつもの様子とは裏腹に、真面目な口ぶりで説教まがいのことをしてきたため面を食らった。
人を頼る、それは相手の顔色を窺って過ごしている駈にとっては難題だ。一人何食わぬ顔でやりきっ
てきた自分を過信していたのか、どんなに難しくても、とっくに限界を超えていたとしても自分の力だけで乗り切ってきた。
しかし、それは勉強など、一人でも出来ることにだけ言えることだ。例えば、重い荷物を持っているときに手伝ってほしいとか、相手の力を直接借りるようなことは出来ない。頼ればいいのに、相手の顔色を見るのが怖くて、出来ない。
今回の風邪だってそうだ。この数日間、本当はつらかったはずなのに早苗にさえ心配をかけまいと作り笑いを浮かべていた。
「……そうだな」
駈の声色は弱々しく、情けない。考えれば考えるほど行き場のない感情だけが沸々と湧き上がる。体調は良くなったはずなのに、頭が重たく感じていた。
「つらいならつらい。あれ買ってきて、あれ取ってきてとか。言うだけ簡単なんだから」
それが出来たら苦労はしない。さらに重くなっていく頭は、体をも蝕んでいく。
「てか、これお兄がたまーに言ってることなんだけどね。まあ、説教でなんだけど、あはは」
早苗は手を頭の後ろにやり、恥ずかしそうに笑っていた。
駈は今までしてきた説教を振り返り、ハッとする。その内容はどれも早苗が駈を頼りすぎていたことだ。それは兄妹だからだと勝手に括っていたため、当然のことだと思っていた。
「まあ、今回は許すとして。今後はちゃんと頼ること、わかった?」
「……わかったよ」
今回ばかりは駈の完敗だ。自由奔放で後先考えていないよう見えるが、実は自分のことも相手のことも考えて行動できる早苗に、首を縦に振ることしか出来ない。
「……ありがとな、早苗」
「へ?」
急な感謝の言葉に早苗は素っ頓狂な声を出すが、そのまま駈は言葉を続ける。
「今日は遊びに行くって前もって聞いていたから言えなかったんだ、けど元はと言えば二日前から体調悪かったのに心配かけたくなくて頼れなかった自分が悪かった。だから、これからはちゃんと言うようにするよ」
家族だからとか、そんなことも関係ない。誰だって頼りたいなら正直に言えばいいだけなのだ。心のどこかで作られていた壁を壊せたような気がする。
坦々とした口調で言う駈の表情は微笑んでいた。早苗は突然のことに驚いた表情を見せながら、取り乱している。
「お兄……やっぱ体調悪い?」
「何でだよ、正直に言っただけだっつの……」
駈は指で頬を掻きながら、徐々に声を小さくさせていった。お互いに恥ずかしくなっているのか、一瞬出来た沈黙でさえも長く感じる。
「体調悪くないなら大丈夫だね! あ、私着替えてくるね!」
早苗はいつもの調子に戻れていないのか、焦った様子で足早に階段を下りていく。たまには本音を言い合うのも大事だが、どうも恥ずかしさが優先される。駈は頭を掻きながら、力が抜けたように勢いよくベッドに腰を下ろした。
(あ、そういえば結花にストラップの連絡をしないとな)
しばし余韻に浸っていた駈は思い出したかのようにテーブルに置いてあったスマホを手に取る。明るくした画面にはメッセージが届いていると通知があった。
『駈さん、体調は良くなりましたか?』
それは結花からで、心配そうな表情をしながら目を潤ませている狐のスタンプも一緒に送られていた。駈は『おかげさまで』と返信し、ストラップのことを伝えようと文章を考える。
『よかったです、また体調崩した時は誰かを頼るんですよ?』
考えている間に届いたメッセージを見て、駈は思わず微笑む。途中まで入力していた文字を消してから、本心を送った。
『それ早苗にも言われた、ちゃんと頼るようにするよ』
『それなら大丈夫ですね』
いつにもなく素直になれているこの感覚はまるで、丘の上にいる時と近い。駈は清々しさを感じているのか、ずっと明るい表情のまま結花とのやり取りを進めている。
その時の表情は優しく、そして余計なことを考えていない、今までの駈がしてこなかったものだった。
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