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丘の上で結わう花  作者: pan
第1章 退屈な日常が、変わる
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第32話 予兆

 リビングにいてもすることがない(かける)は自室に向かおうと階段を上がる。二階に着いた駈は扉を開け、ペットボトルを投げた。


「ほらよ」


「あ、お(にい)! ありがとー!」


 結局駈は早苗(さなえ)に甘いのである。一瞬、扉の前をそのまま過ぎて自室に入ろうとも考えたがようだが、耐え切れず早苗の部屋の前で足を止めたのだ。注意したはずなのに許してしまう駈も、そういう点ではシスコンなのかもしれない。


 ペットボトルを受け取った早苗はいつものようにベッドに寝転んでスマホをいじっていた。反省している様子はなく、ご機嫌な表情しながら足を交互に上げ下げしている。


 駈は自分の甘さと早苗の様子に肩を落としていた。そっと部屋の扉を閉めて自室に向かう。


「あ、キーホルダー……」


 部屋に入った駈は机の横に置いてあるカバンに取り付けられたキーホルダーを見て、思わず呟いた。彩夏(さやか)から写真を送ってほしいと頼まれていたことを思い出したのだろう。すぐさまスマホを取り出し、犬のキーホルダーを接写する。


 写真を送っても既読がつかないので、夕飯でも食べているのだろう。駈はスマホを机の上に置き、ベッドの上に腰を下ろした。


 夕飯を食べて回復したと思っていた体は錯覚だったのか、そのまま横に倒れた。目をつぶれば今にも寝てしまいそうだ。


「……ん」


 突然スマホが振動した。その音を聞いた駈は重たい体を無理やり起こし、膝に手を乗せながら何とか立ち上がろうと腰を上げる。


(う……めまいか?)


 机に向かっている途中急に視界が揺れ、気持ち悪さを感じたのか駈は顔に手を当てる。夏バテなのか疲労からか分からないが今は立ち止まることしか出来ない。数秒経って治まったのか歩みを進める。


 何とか椅子に座ることが出来た駈はスマホの通知を確認する。


『そういえばお揃いって何買ったんですか?』


 てっきり速人(はやと)たちからふざけたメッセージが飛んできたと思っていた。結花(ゆいか)からのメッセージに多少驚きつつも返信を試みる。


『キーホルダーだよ』


『そうなんですね! 駈さんの何のキーホルダーを買ったんですか?』


 駈が返信すると、すぐにつく既読。そこまで気になることなのかと疑問を抱きつつも駈はさっき撮った写真を送った。


『この犬のキーホルダーだよ』


 既読はついているが返信が来ない。何事かと思った駈は首を傾げながらトーク画面を開きっぱなしにする。


『どうした?』


 しばらくしても返ってこない時間にたまらなくなったのか、駈は短い言葉を送った。またしてもすぐに既読はつく。何かあったのではないかと妙な焦燥感に襲われる。


 すると、メッセージが送られてきた。


『ごめんなさい、駈さんの間抜けな顔に似ていてずっと笑っていました』


『なんだよそれ』


 駈はやっとかと安堵したのも束の間、メッセージの内容を見て駈は呆れていた。


 確かにこのキーホルダーは駈に似ている。目は気だるそうにしており、口も横に真っ直ぐ伸びている。間抜けな顔といいつつも真顔寄りなその犬の表情は、駈が一人でいるときの顔にそっくりだ。


『お揃いっていいですよねー』


 結花は羨ましがっているのかと感じ取れるメッセージを送ってきた。速人の思惑通り仲いいアピールとやらが効いているのだろうか。


『早苗とか、お揃い出来るんじゃないか?』


 駈は、今どきの女子高生でもお揃いくらいはするのではと思い提案を持ち掛けた。実際、早苗が中学生のときに仲が良かった人たちとお揃いのアクセサリーやらストラップやらを自慢していた。嫌な顔どころか喜々として乗ってくるのではないだろうか。


『それいいですね! 早速連絡してきます!』


 少し遅れて送られてきた文章を見た駈は『おう』とだけ返す。すぐに既読はつかないのを見るに、早苗たちと連絡を取り合っているのだろう。


 駈はスマホを机の上に画面が見える状態で置き、夏休みの課題に手を伸ばす。プールで疲れたといっても計画的にこなしてきているためペースを崩すわけにいかない。それに得意科目である数学の課題をやる予定だったため、苦ではないようだ。


 早速取り掛かろうと筆箱からシャーペンを取り出した瞬間、スマホの画面が明るくなった。駈は待ち遠しかったのか、明るくなった画面を見るや否やスマホを手に持つ。


『やっぱその犬、駈に似てるよなー』


『ほんとだ! おもしろ!』


 メッセージの送り主は速人と彩夏だった。何かを期待していた駈は落胆の表情を浮かべる。


『そんなに似てるか?』


『めちゃくちゃ似てるぞー』


 その後も犬のキーホルダーでいじられる駈。嫌な気持ちにはならずとも、不服そうな表情を浮かべ続けている。しかしその顔の中には微かに笑みも混ざっている。


『あ、そういえば今週の土曜日って空いてる? みんなで課題やらん?』

『まあ、空いてるけど』

『うちも部活ないから大丈夫―!』


 二人ならとっくに課題を終わらせているものだと思っていたがそうではないようだ。特に話が発展すうこともなかったため、駈はそのままスマホを机の上に置いて課題に戻る。


「……暑いなあ」


 未だ気温が高いのか、動かす手に当たる空気が生暖かい。集中していれば額に汗が浮き出てくる。我慢できなくなった駈はエアコンの温度を下げようとリモコンに手をかける。


「……へっくし! あー」


 思わずくしゃみが出てくる。強くなった冷房の影響でほこりが舞ったのだろう。そう考えた駈はそのまま課題を進めようと何事もなかったかのように止まっていた手を動かし始めた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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