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丘の上で結わう花  作者: pan
第1章 退屈な日常が、変わる
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第29話 夏のプールは楽しい、かも③

 早苗(さなえ)(かける)の行動に何かを察したのか、抱きかかえていた腕を(ほど)いた。


「ちょ、お(にい)はそっちに座って!」


「はあ? 何でだよ、って無理に押すことないだろ!」


 早く移動してほしいのか駈は体を押される。危険を感じた駈はそのまま空いていた椅子に座った。


「よし! とりあえずお腹空いたし食べよう!」


 早苗は手を合わせると同時にいただきますと言うと買ってきていた食べ物に手を付け始めた。そんなにお腹空いていたのかと思うほど、頬が膨れるほど口に運んでいく。


「そんな一気に食べると危ないぞ」


 早苗は大丈夫と言わんばかりに左手の親指を立て、見せつけてくる。するとお兄も食べなよと言いたいのか、テーブルの上にあった焼きそばを手で押してきた。


「俺はいいから小春さんが食べなよ」


 疲れてはいたものの空腹ではなかった駈はまだ食事をとっていない結花に渡した。さすがに水分はとっておこうと誰も口をつけていない飲み物を取る。少し前かがみになった姿勢を戻そうとしたとき、早苗の視線に気づいた。


「……どうした早苗」


「いんやー、こはるんのこと苗字で呼んでたから名前聞いたんだー、お兄が女の子に積極的になってるなーって思って」


 嫉妬なのか単なる興味なのか、早苗は妙な眼差しを向けていた。どこか(にら)みつけているようにも見えるが気にせず椅子に座る。


「苗字に関しては早苗がこの前仲良くなった子がどうのって時に聞いてたし、俺はお腹空いてないだけだし」


「ふーん……」


 依然として怪しく思っているのか、向けられている眼差しは変わらない。結花のことを話していた駈はバレていないよなと内心ドキドキしていた。なんとか平然を装いながら飲み物を飲む。


「まあ、お兄のことだしこはるんのこと狙ってないと思うから気にしないけど」


「何を気にしてるんだ……」


「そんなことより、次どこで遊ぶー?」


 話をしている最中にいつの間にか完食していた早苗は早く遊びたいのか、前のめりになりながら聞いていた。駈は自分には聞かれていないと思い、賑わっているプールを眺める。


 ウォータースライダーを全制覇したため残りはアスレチックか流れるプール、普通のだだっ広いプールである。駈は早苗たちがおり、どこに行っても付き合わされるため選びようがなかった。


「じゃあアスレチックに行くか!」


「お、盛り上がってるねー」


 次の行き先がアスレチックに決まったところで速人(はやと)たちが合流した。彩夏(さやか)はどうしてか足を気にしている。


神戸(かんべ)さん、足どうかしたの?」


「あー彩夏はさっき足つったらしくて溺れかけたんだよ」


「えー! 大丈夫なんですか?」


 駈たちは驚愕の表情を浮かべながらも、すぐに心配の声をかけた。彩夏は心配されたくないのか手を頭の後ろにやり笑っている。


「大丈夫だよー、もう痛くないし!」


「それならいいけど……」


 ここは彩夏に合わせようと駈は余計な心配をせずに切り上げた。


「えーこの後アスレチックに行こうと思ってたんですけど、無理そうですね」


「いや、大丈夫!」


「大丈夫、じゃねぇだろ」


「いて! なにすんだよー」


 彩夏は遊びたいのか喜々として返事をしたが、速人がそれを許さなかった。頭を小突かれた彩夏は残念そうな表情を浮かべている。傍から見たら付き合っているようにしか見えない二人のやりとりに早苗たちは少し驚いているようで、目線がそっちに集中していた。


「まあ彩夏は遊べんけど、俺らは大丈夫だから行こうかな。駈も行くだろ?」


「ん? まあ、もちろん」


 急に話を振られた駈は動揺したが、すぐに返事をした。断る理由もなければ早苗もいるので、行くことは確定している。


「じゃあ向かいましょうか!」


 声高らかに先導する早苗をよそに駈はテーブルの上を見ていた。そこには早苗たちが残したゴミがそのままになっている。


「ちょっと! はあ……」


 声をかけようともすでに離れていた早苗の姿は客で埋もれていた。いつの間にかフレンズや速人たちもついていったのかまわりにはいなかった。思わず大きく息をついた駈はゴミを捨てに行こうと立ち上がる。


「あ、駈さん私も手伝いますよ」


「ああ、ありがとう……」


 残された駈と結花はゴミを片手に立ち上がった。そのまま急ぐようにゴミを捨て、早苗たちがいるアスレチックに向かう。


 気付けば太陽は一番高い位置まで昇っていた。当たる日差しはプールに向かっていた時よりも鬱陶しいと思わず、むしろ夏っぽい雰囲気を味わえて清々しさを感じられる。時間的にもアスレチックでの遊びが最後になるだろう。


「お、駈ー!」


「ああ、神戸(かんべ)さん。早苗たちは?」


 二人が並んで目的地に向かっていると、アスレチックから外れたベンチに座っていた彩夏に声をかけられた。


「早苗ちゃんたちはアスレチックで遊んでるよー。うちは速人にやめろって言われてここにいる……」


 彩夏は不満げに口をとがらせながらベンチでだらけている。他にも美術部の女子たちがベンチで休んでおり、その彩夏の姿を見て笑っていた。


「なら私もここで休んでます。早苗ちゃんたちと遊んで疲れたので……」


「そうか、じゃあ俺は行ってくるよ」


 さすがに結花も早苗たちのテンションに疲れたのか、空いていた彩夏の隣に腰を下ろした。駈は早苗たちの様子が気になっているのか先を急ぐ。


「あ、お兄やっときた!」


「やっとって……ゴミ片付けてたんだよ」


「いてっ! ……てへぺろ」


 早苗が向いたと同時に放たれた言葉に少し苛立ちを覚えた駈はおでこを小突いた。とりあえず後で説教をしようと思った駈は他の人がいるか確認する。


「……あ、他の人はもうあっちだよ」


 早苗はおでこに手を置きながら速人たちがいる方向を(ゆび)さした。すると突然早苗はアスレチックに飛び込む。


「お兄! 競争しよ!」


「は!? ずるいだろ、待て!」


 早苗が飛び込んだアスレチックは上に格子状に束ねられた縄、下にはプールに浮かぶほど軽い足場が間隔をあけてある。プールだから大丈夫だろうと早苗は全速力で突破していった。


 それを追うように駈も足を出したが、運が悪く足を滑らせた。


「うわ! ……くっそ」


 あまりにも惨めな始まりに駈は思わず声を漏らす。先に行っていた早苗はすでに速人たちのとこに到着していた。


「お兄! 何してるの! はーやーくー!」


「ちょっと待ってろ! ってうわあ!?」


 またしても滑ってしまう駈を見た速人は優しく声をかける。


「駈、上に掴むとこあるからそれ使えよ!」


 言われた通り上を見ると恥ずかしさでどうにかなりそうになったのか、猛スピードで足場に上がりゴールに向かった。


「もう、お兄は私の真似しなくていいって」


「……うるせ」


 不貞腐れた表情を浮かべる駈を見ていた早苗たちは笑っている。その表情は駈を馬鹿にしているとかではなく、楽しさから出てくる顔なのか嫌な気分にはなっていなかった。


 無意識に楽しんでいたのかもしれない。そう思った駈は微笑み返した。


「お兄も来たし、まだまだ楽しむぞー!」


 流れに身を任せようと早苗たちについていく。友人とプールに来るのが初めてだった駈は楽しむことを思い出したのか、ずっと柔らかい表情のままだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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