第27話 夏のプールは楽しい、かも①
八月上旬、まだ午前中だというのに体に日差しが突き刺さる。じっとしているだけでも暑く、湿気った空気は不愉快で仕方ない。
「いやー今日は暑いなー。まさにプール日和だな!」
「そうだな! ……って駈、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫……暑すぎだろ……」
電車を降りた駈たちは目的地に向かっていた。駈は降りてからというもの、日ごろ当てられることがない太陽に嫌気がさしている。確かにプール日和なのだろうが、そんな陽気なことを言える余裕はなかった。
「もう、お兄遅いよー! もう少しだから頑張って!」
前を歩いていた早苗が振り返りざまに煽ってきた。まわりにいた早苗フレンズが笑っているのをよそに一人、結花だけは心配そうな表情を浮かべている。
駈はそれに気づき、だるそうに曲げていた腰を伸ばし、少しは元気に見えるように姿勢を正した。すると表情を戻した結花は早苗たちの輪に戻る。
「お、結花ちゃん見て元気でたのか?」
「は!?」
わざとなのか勘違いなのかわからないテンションで耳打ちしてくる速人に思わず大声で返してしまった。
「うお!? そんな驚くことないじゃんかよ」
「ご、ごめん……ってそっちも悪いからな!」
「ちょっと! 他の人もいるんだから、勝手に二人で盛り上がんな」
彩夏は二人が楽し気にしていることに不満だったのか割り込んできた。それもそうで駈と速人は美術部員数人と一緒に来ている。誘った張本人である彩夏はたまらなくなったのだろう。
彩夏に怒られた二人は申し訳なさそうに少し頭を下げた。その姿が面白かったのか、さっきまで状況が理解できなきていなかった美術部員の表情は柔らかくなっていった。
程なくして到着した一行は更衣室で着替えていた。朝だというのにロッカーはまばらにしか空いておらず、それぞれの場所で着替えている。
「……駈さ、結花ちゃんと行動したいのか?」
「……さっきの続きか?」
「まあ、そんな感じ。駈、結花ちゃんのこと見すぎだからそう思って」
駈の隣で着替えていた速人は、周りに聞こえないように囁く。
それもそのはず、今日の主な目的は尻尾が出たらどうにかすること。そして、結花を楽しませること。そのことを考え続けていた駈は無意識に結花のことを見てしまっていたらしい。
「まあ、一緒に行動したいって言うか……」
「おっけ! とりま俺に任せとけ!」
何か考えがあるのか速人は得意気な表情をした。考えていたのは駈も同じだ。結局離れて行動してしまったら、楽しませるどころか尻尾のことだって難しくなる。だからと言って早苗のとこに混ざるとか美術部の人たちに一緒に行動したいと伝える勇気はなかった。
「うわーやっぱ人多いな」
着替え終わった駈たちは更衣室を抜けた。
水に濡れた足場は心地よく、目の前に広がる賑わう人々がプールに来たことを実感させる。先ほどまで感じていた不快感もなかった。やはり学割が利いているのか学生が多いように見える。
さすがに男子の方が着替えが早かったのか、女子はいなかった。待っている間は美術部員も交えて会話をしようと、話題を投げる。
「……あなたたちのお名前はなんですか?」
「駈……二人とも同じクラスだぞ」
「え、あ、ごめん……」
空気が凍り付いた。勇気を出して声をかけてみたものの、周りに興味がなかった駈は自爆した。さすがにいたたまれない気持ちになった駈は謝る。
「お兄―! おまたせー!」
後ろから声が聞こえた駈は振り向いた。すると女子たちが着替え終わったのか、こちらに向かってきている。
「新しい水着どう!?」
「どうって……いいんじゃない?」
急に評価を求められた駈はいつものように適当にあしらった。女子のことを到底理解していない男子の評価なんてこんなものだろう。早苗は評価に納得いってないのか不貞腐れていた。
「よし! じゃあプール楽しみますか!」
速人は胸の前で手を叩き、音頭を取った。その矢先、駈の背中を押した。
「とりあえず駈はそっちでいいよ、女の子たちだけじゃ危ないでしょ」
「いや、でも――」
「速人くんがそういうならお兄もらいー!」
突然のことに動揺をしつつも何とか言葉を絞り出そうとしたが叶わなかった。早苗は嬉しそうに駈の腕を引っ張る。
「ちょ、そんな引っ張んなくても」
「それじゃ、私たちはもう行きますねー!」
あまりに強引なため駈は抵抗することができず、されるがままに早苗たちと行動を共にすることになった。元凶である速人に目をやると、小さく親指を立てている。そしてドヤ顔。考えとはこのことだったのか、と駈は大きく息をついた。
「それじゃ、まずどこ行く?」
「ウォータースライダーじゃね?」
「いいねー!」
早苗とそのフレンズは駈を気にも留めずに盛り上がっていた。
「こはるんはどこ行きたい?」
「……あ、私? んー、何でもいいよ!」
「えー、一番困る返しじゃーん」
結花は問題なく会話に混ざれているようだったが、表情がいつもより硬いような気がした。やはりしぽのことを気にしているのだろうか。
「じゃあ、あれに乗ろう!」
早苗は最初の行き先を決めたのか、その方向を指さした。それは最大6人まで乗れるウォータースライダーで、ここで一番人気があるアトラクションだった。
最初に乗るようなものではないだろと思いつつも、腕を引っ張られ続けている駈は為す術もない。一番人気だから並んでいるのかと思ったが、まとめて複数人体験できるためあっという間に順番が回ってきた。
「え、ちょっとスピード速くない!?」
「きゃああ!! 楽しい!!」
駈が怯えているなか、早苗とフレンズは声を出しながら楽しんでいた。
――結花たちと一緒に行動するという目的は達成できた。しかし、結花を楽しませることはできるのだろうか。
気になった駈は結花を見てみる。
顔は無邪気な笑顔で、心の底から楽しんでいるように見えた。
尻尾も出ていないようで安心した。
「いやー楽しかった! 次はどうする?」
「次もウォータースライダーっしょ!」
(正気かよ……)
駈は意外にもアクティブすぎる早苗たちに衝撃を受け、思わず顔を俯かせた。楽しむことはできるのだろうが、体は持つのだろうか……。
「……駈さん、早く行きましょう」
いつの間にか次のアトラクションに向かっているのか、早苗たちの姿が小さくなっていた。
(結花が楽しいなら、今はそれでいいか)
今は楽しませるのが目的。遊園地のように上手くいくかはわからないけど、楽しんでほしいんだ。
「……おう、行くか」
駈は顔を上げ、結花と共に早苗たちの姿を追った。
プール編開始です。
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