第23話 最近、お兄の様子がおかしい
――最近、お兄の様子がおかしい気がする。
早苗は夕食の準備をしながら、そんなことを考えていた。先月から帰りが遅かったり、休日に出掛けることも増えた。今までそんなことなかったのに、と疑いの表情を浮かべていた。
実際、今日も駈は出掛けるいる。しかも朝からで、もうそろそろ夕食の時間だというのにまだ帰ってきていない。出掛ける準備をしていた駈の様子もどこかおかしく感じていた。シワがほとんどない新品の服を着て、それについて聞いても有耶無耶にして返される。
(あれは女の可能性大……)
早苗はモヤモヤした気持ちが募り、料理をする手元が早くなっていった。駈が誰と一緒にいようがどうでもいいのだが、一つだけ心当たりがあった。
(まさかね……)
それは以前、早苗が友人数人を家に呼んだ時のこと。こはるんこと小春結花がスマホを部屋に忘れてしまって、早苗の部屋にいた駈とばったり会ってしまう。その後、何故か顔を赤くしながら早苗たちのところに戻る結花。
そのことが頭をよぎり、早苗は味噌を溶かしながら怪訝な顔をした。
もしお兄がこはるんと仲良くなっていたとしたら。
でも、あの時顔を赤くしていたのはなんでだろう。
陰キャすぎるお兄が連絡先を聞くなんてこともないだろうし……。
ていうか、初めて会ったはずなのに私がお兄に抱き着いたときにお兄を見て驚いていたような……?
考えを巡らせていると早苗の腰元にある機械から電子音が鳴った。
「……あ、お魚焼けた!」
グリルから焼き魚の香ばしい匂いが伝わる。先ほどまで考えていた疑念をよそに、皿に盛りつけた。
「ただいまー」
玄関の扉が開かれ、駈が帰ってきた。早苗は夕飯の準備を進めていた手を止め、すぐさま玄関に向かった。
「お兄! おかえりー!」
「うわ! また抱き着いて……って今日焼き魚?」
「そうだよ! もうすぐできるからお兄は着替えてきていいよー」
早苗は自ら駈から離れてリビングに戻った。いつもの調子の駈に安心したのか、先ほどまで抱いていた疑念は忘れていた。
坦々と夕飯の準備を進めていると駈がリビングに入ってきた。
「何か手伝おうか?」
「あ、じゃあお兄は自分の分だけ準備して―」
はいよ、とだけ返事する駈はテーブルの上にスマホを置き夕飯の準備に取り掛かった。その時の駈は上機嫌なのか表情が柔らかかった。
「……何かいいことあったん、お兄」
早苗は駈の表情に気づき、気になったのか問いかけた。すでにいつも座っている席に腰を下ろしている様子はまるで面接官のようで妙な圧迫感があった。
「ん? まあ遊びに行ってたからな、楽しかったんだよ」
駈は物怖じせず坦々と答えた。しかし、さらに気になったのか早苗は問い続ける。
「ふーん、どこに遊びに行ってたの?」
「あー、まあどこでもよくね? ……よし、いただきます」
急にはぐらかそうとする駈を見て、先ほどまで抱いていた疑念がぶり返してきたのか早苗は顔をしかめた。そのことに気も留めずに駈は、何食わぬ顔で夕飯に箸をつけていた。
ここで駈のスマホが振動した。これは今日遊んだ人とのメッセージに違いない、と思った早苗は駈のスマホに手を伸ばした。
それに駈は焦ったのか、持っていた茶碗と箸を急いで下ろし対抗しようとした。が、それも虚しく早苗が先にスマホを手に取った。
『今日は楽しかったな!』
『また遊園地行こうな!』
早苗はスマホのロック画面に映る通知欄を見て安心した。メッセージは速人からだったのだ。早苗は駈の数少ない友人の速人のことは知っていたので、納得した。
「なーんだ、速人くんと遊園地行ってたんだ」
「ま、まあな」
「もしかして、男と二人で遊園地が恥ずかしくて言えなかったとか? それか合コン?」
「合コンじゃねぇよ! まあ学校の女子はいたけど……」
渋々今日のことを話してくれる駈に満足しているのか、早苗は優しい目をしていた。そのまま駈にスマホを返し、早苗も夕飯を取ろうと手を合わせた。
「……あ、明日も昼からちょい出掛けるわ」
また誰かからメッセージが来たのか、駈はスマホを見ながら言った。早苗は口に含んでいたものを空にしてから、面白半分で聞いてみた。
「もしかして、こはるん?」
「……は!? 何でそうなる!?」
「いやいや冗談だって、連絡先も知らないでしょ、面白すぎ!」
わかりやすく動揺する駈の反応見て、早苗は夕飯の途中にもかかわらず腹を抱えて笑った。すると駈はなにやら急いで夕飯を完食しようと、次へ次へと口に運び始めた。
「……ごちそうさま! 今日も美味しかったぞ」
「……あー。って速!?」
早苗はあまりに速い完食に驚愕の表情を浮かべていた。そのまま駈は食器を流し台に運び、急ぐようにリビングを後にした。
何を慌てているのかわからなかったがトイレの方から聞こえてくる扉の音に早苗は勝手に腑に落ちた
(何か隠されているような気がする……)
さっきまでの駈の言動を見て勘づいたのか、早苗は一人黙々と食べ進めながら考えていた。
遊園地に行った中に同じ学校の女がいたとしても速人がいる。そして速人にも駈にも浮ついた話はない。もしかして……。
(もしかしてお兄、男好き……?)
女じゃないと分かった今、考えても仕方ないのだが変な結論に至ってしまった。勝手に誤解している早苗は無表情のまま夕飯を口に運んだ。
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