第15話 縮まる距離
「……あー終わったー!」
隣の席にいる片桐速人は腕を上げながら体を伸ばしていた。
気づけば考査も最終日で、先ほど帰りのホームルームが終わった。
「駈ーこの後どっかで飯食わん?」
「あーごめん。この後用事あるんだよね」
三橋駈は申し訳なさそうな顔をして断った。
「んーそうか、ならしゃーない、んじゃまたなー」
速人は用事のことには触れず、駈に挨拶をしてから教室を後にした。
用事とは小春結花に会うことで、この日を待ち遠しく思っていたのか駈の表情が明るくなっていた。そのまま荷物をまとめ、足早に目的地に向かった。
◇◇◇
駈は目的地である桜丘神社の奥にある木の下で読書を嗜んでいた。七月も半ば、木の陰から照り付ける日差しがうっとおしく感じながらも、時折吹いてくる優しい風に和まされていた。
(さすがに早く着きすぎたな……)
そう思いながら駈は読んでいた本を閉じ、息をついた。
ここに来るといつも邪な気持ちが洗われ、自分に正直になれる。実際結花とここで話している時は、だいたい本音で話せている。
一つ駈は悩んでいるのか、一点を見つめながら顔を上げていた。
結局今の今まで『驚かす』方法を思いついていなかったのだ。
妹である早苗にそれとなく聞いてみても「後ろからわーってすれば驚くよ!」と言われ、速人に聞いてもふざけた返事がくるのであまり参考にはならなかった。
駈は両手を後ろに付き、自分が住んでいる町並みを眺めた。
「――あ、三橋さん、早いですね」
しばらく眺めていると駈の後ろから早苗の声がした。
「今日考査で早く終わったからね、って小春さんも早くない?」
「私も今日は短縮授業で終わるの早かったんですよ、奇遇ですね」
ほほ笑みながら答える結花に調子を狂わせたのか、駈は少し照れたのか目線を逸らした。
「それでは、隣、失礼しますね」
そう言うと結花は駈の隣に行き。腰を下ろした。突然のことに駈は動揺し、真正面を向いた。
「……では、私を驚かしてください!」
「うお!? びっくりしたあ……」
結花が急に駈の方を見たと思ったら、意を決したかのように両手を前に構えていた。その行動を見た駈は思わず驚いてしまい、よろけていた。何とか片手で体を支えることに成功し、元の体勢に戻った。
「もう、三橋さんが驚いてどうするんですか」
駈の様子を一部始終見ていた結花は笑っていた。なんだか手玉に取られているように感じていた駈は不服そうな表情をしていた。
「……結局驚かせる方法思いつかなかったんだよね」
「えー、そうなんですかー」
「てか、よく考えたら驚かせる方法教えたら意味なくない?」
「あ、確かにそうですね」
ふと思ったことを駈が言うと、結花はハッとした表情をしていた。そんなことに気づかなかった二人は一緒になって笑った。
その後は二人でたわいもない話をして楽しい時間を過ごしていた。
「それで早苗ちゃんが三橋さんのことケチだって言ったんですよ」
「あー帰ったらまた説教かな……」
気づけば話題は駈と早苗の関係についてで、先週家に友人たちを招いていたことを交えて話していた。掃除はちゃんとやると約束させたが、未だに飲み物とお菓子の件は終わっていなかったので説教する気があるようだった。
「本当に兄妹、仲いいですよね」
「んーそうかな?」
駈は自由奔放な早苗しか知らないからか、仲がいいと言われても妹としてしか見ていないので首を傾げていた。
「そうですよ! 早苗ちゃんが三橋さんのこと紹介してるとき、すっごい楽しそうでしたよ!」
「いやあれは早苗が強引にやってきただけだし、俺はちょっとウザいと思ってたし……」
駈は少し照れているのか頬をかきながら、後半は消え入りそうな声で言った。
「そもそも早苗ちゃんと三橋さんが兄妹だったのが驚きだったんですけどね」
「確かに驚いてたよな、尻尾は出てなかったけど」
「あそこで出せるわけないじゃないですか! 頑張って抑えてたんですよ!」
冗談交じりに言う駈に結花は顔を真っ赤にして怒ったように勢いよく言い返してきた。
「そんな怒らないでよ、ごめんて」
「ふん! 知りません!」
結花が駈の態度にそっぽを向いた。
駈は結花たちが遊びに来た日のことを思い出していた。確か、気になっている男子がいるとかなんとか……
「そういえば結花って……あ」
早苗は『こはるん』とあだ名で呼んでいたが、それ以外の友人は『結花ちゃん』など下の名前で呼んでいた。思い出している間に頭に刷り込まれてしまっていたのか、駈はつい『結花』と呼んでしまった。
突然名前で呼んでしまった焦りと申し訳なさでたじろいでいたが、結花の様子を見て留まった。
結花は赤らんでいた顔を覆っており、腰からは尻尾が上に上がっていた。
「え、ちょ、ごめん!」
「いいいいいや、大丈夫です! 続けて!」
突然の出来事に二人は冷静さを忘れ、顔を赤らめ何も言葉を交わさない時間が続いた。
「……ごめん、名前で呼んで」
駈は後ろめたい気持ちがあったのか責任を感じ、先に落ち着きを取り戻し言葉を発した。
「い、いえ! 全然嫌ではないですし、驚いただけです!」
「まあ、大丈夫ならいいんだけど……」
二人はどこか気まずさを感じ、よそよそしい態度を取っていた。
しばらくすると結花が何か思いついたかのように目を見開いた。
「……あ、私今驚かされました!」
「え? まあ、尻尾出てたしそうなのか?」
駈は前のめりになって言ってくる結花にたじろぎながらも、言葉を返した。
「てことはつまり、三橋さんが私を名前で呼べばいいんですよ!」
「……どういうこと?」
「第一、私は年下なのに『さん』付けで呼ばれるのに違和感があったんですよ!」
疑問に思う駈の表情をよそに、結花は流暢に言葉を続けていた。照れ隠しなのかわからない様子に終始不服そうな駈は何とか受け入れようとした。
「……じゃあこれから名前で呼べばいいのか?」
「はい!」
未だ出ている尻尾が勢いよく横に振られていたが、駈はそれに気づいていなかった。
「んじゃ、結花……さん……」
「『さん』付けないでください!」
何が目的なのかわからない駈は、むっとした顔納の結花に呆気に取られていた。駈は早苗以外の異性を名前で呼んだ経験が少ないので、どうしたらいいかわからなくなっていた。
「まあ、でも名前で呼んでくれるだけいいですよ」
「……いや、ちゃんと呼ぶようにするよ」
結花は過去に向き合おうと感情が高ぶっても尻尾を出さないようにしたいと言っていた。それに協力すると言ったのは駈自身で、断る理由がないのだ。名前で呼ぶのは恥ずかしいが、いずれ慣れると思い受け入れた。
駈の言葉を聞いた結花は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「それならこれからは名前で呼んでくださいね、駈さん」
赤らんでいた顔はすっかり元通りの色で、腰から見えていた尻尾も出ていない。
結花は駈に無邪気な笑顔を見せていた。
その笑顔に駈も思わず心が温まり、微笑み返した。
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