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丘の上で結わう花  作者: pan
第1章 退屈な日常が、変わる
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第13話 忘れ物

 さすがにもう少しで帰るだろうと(かける)は思い、勉強に手を付け始めた。


(……いつになったら帰るんだ)


 いつの間にか時計は六時をまわっていた。未だ隣の部屋からは楽しい声が聞こえてきていた。


 駈は勉強で動かしていた手を止め、腕を上に伸ばした。小一時間ぶっ通しで勉強すると疲れるものだ。おまけに帰る前に速人(はやと)の家でしているし。


 気合を入れるために小さく息を吐き、拳に軽く力を込めた。


「お(にい)ー、いるんでしょー」


「うお!? どうした!?」


 ノックと同時に突然かけられた声に驚き、危うく椅子から転げ落ちそうになった。


「そんな驚かんでいいし……みんな帰るから私ちょっと送ってくねー」


 駈の動揺とは反対に早苗は冷静に返してきた。気づけば先ほどまで隣の部屋から聞こえていた声は静かになってた。


「そうか。気をつけてな」


「その間に私の部屋片づけといてねー、んじゃ!!」


「は!?」


 早苗が吐き捨てるように言うと、足早に戻ったのか音を立てながら去っていたようだ。自由奔放な妹を持つと大変だな……


 釈然としない駈は大きく息をつきながら早苗の部屋に向かった。部屋に入ると賑わっていた部屋は誰もおらず閑散(かんさん)としていた。駈はひとまず空いたコップをまとめるところから入った。


 コップをまとめ終わり、レジ袋にお菓子のゴミを入れようとしたときテーブルの脇に落ちていたスマホを見つけた。早苗のものではなく、今日来た友人の落とし物のようだった。


 すると勢いよく階段を上がってくる足音が聞こえてきた。


「……あ」


 足音の正体は小春結花(こはる ゆいか)だった。扉を開けた結花はそこにいた駈に驚いていたのか、ドアノブに手をかけたまま固まっていた。


「あ、これ、小春さんの?」


「あ、はい……」


 駈は手に持っていた結花のスマホを渡し、片付けを再開させた。


「あ、ありがとうございます!」


「お、おう」


 二人はどこかぎこちなく、よそよそしくなっていた。駈はこの空気感に耐えられず、頬かいた。


「おーい、こはるーん! スマホあったー?」


「うん、あったよ! ……それでは!」


「あ……」


 結花は駈に対して軽く会釈(えしゃく)すると、足早に部屋を後にした。駈は声を掛けようとしたが叶わず、誤魔化すように手を動かし始めた。



◇◇◇



 しばらくして頼まれていた掃除も終わり、駈はキッチンで夕飯の準備を進めていた。


「ただいまー、ふぅー」


 リビングの扉が開いたと思うと、帰ってきて早々ソファに腰を落とした。


「おう、おかえり。ちゃんと制服着替えろよ」


「えーだるいー」


「……飯食わせんぞ」


「着替えてくる!」


 駈が冗談交じりも放った言葉を真に受けた早苗は急いで着替えに向かった。


 普段両親の帰りが遅いので夕飯は駈か早苗が作っていた。たまに前日の残りや朝食の残りだったりするが、だいたいは二人のどちらかが作っている。ちなみに今日は駈が登板でカレーを作っていた。


「んー、カレーのいい匂い!」


 部屋着に着替えた早苗が戻ってきていたのか、表情を緩めながら椅子に座っていた。


「ちょうどできたから待ってな」


「はーい!」


 元気よく挨拶する早苗は足を前後に揺らしながら鼻歌を歌っていた。その様子を見ていた駈は心が和んでいた。すると思い出したかのように早苗が口を開いた。


「あ、そういえば」


「ん? どうした?」


「お(にい)さ、こはるんに何かした?」


 急に真剣な表情になる早苗に動揺し、手に持っていたスプーンを落とした。慌てて拾いなおし、気持ちを落ち着かせて言葉を返す。


「……何かあったのか?」


「いやー、スマホ忘れて部屋戻ったじゃん? んでそれから戻ってきたら顔赤くなってたから変なことしたんかなって」


「は!? 変なことってなんだよ、するわけないだろ」


 駈は結花が部屋に入ってから緊張していて目を向ける暇がなく、顔が赤くなっていたことは知らなかった。駈の言葉を聞いた結花は安心したのか、息を吐いた。


「それならよかったわー、告白とかしてたらいくらお(にい)でも引いてたわ」


「そんなことするかよ! ……初対面だから緊張してただけじゃないの」


「あ―確かにそうかも、とりあえずお(にい)が変態じゃなくてよかった!」


 早苗がいつもの調子に戻ると「いただきます!」と言い、カレーを頬張っていた。駈もそれに乗じて食べ始めた。


 駈はカレーを半分ほど食べたところであることを思い出した。


「そういや飲み物代とお菓子代――」


「ごちそうさま! 今日もおいしかったよ!」


 食い気味にそう言いった早苗は食器を片付けると、逃げるようにリビングから出ていった。その勢いに駈は間に入れず、ただ唖然としていた。


 大きく息をついているとテーブルの上に置いてあったスマホが振動した。


『先ほどはありがとうございました』


 狐がお辞儀しているスタンプと共に送られてきたメッセージは結花からだった。


『大丈夫だよ、忘れなくて良かった』


 ありのままを伝え、気づけば駈の表情は優しくなっていた。


「え、にやにやしてる……引いた……」


 早苗はリビングのドアから駈の様子を見ていたらしく、思わず心の声を漏らしていた。


「な……! お前……!」


 見られていることに気づいた駈は顔を赤くして早苗の方を見た。早苗は危機を感じたのか勢いよく扉を閉め、部屋に行くのか階段を駆け上がっていった。


(後で今のことも含めて説教するか……)


 駈はしかめっ面をしながら、今食べているカレーのように辛口な説教の内容を考えた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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