第12話 女子トーク
駈は平然を装い、そのままトレイを早苗に渡して立ち去ろうとした。が、そんな上手くいくはずもなく――
「ありがとー、お兄! 大好き!」
「ちょ、おい! 危ないだろ!」
早苗は目の前に友人がいるにも関わらず抱き着き告白してきた。危うくトレイから手を放しそうになったが何とか耐えれた。あとで注意するとして、とにかく今はこの状況を打破しなければならない。
「これが私のお兄でーす!」
「いや、おま――」
「早苗はほんとにお兄さんのことが好きなんだねー」
早苗の無邪気な様子を見て友人たちは笑っていた。しかし一人だけ驚いているのか笑わずにきょとんとしていた。
「いやー面白すぎでしょ、ね、こはるん?」
「あ、うん。抱き着くくらいの仲だとは思わなかった」
「だよねー!」
やはりその女の子は小春結花だった。早苗の行動に驚いていたというより、駈がいることに驚いていたのか駈を見ていた。
「ちょ、早く離れてくれよ! 勉強したいから!」
「えー」
早苗は落胆しながらも受け入れ、駈から離れた。とりあえず離れてくれてよかったと安心するも、まだ不安材料が残っている。
「んじゃ私らまだ遊ぶから、覗かないでよ?」
「覗かねーよ!」
早苗に振り回される駈を見た友人たちは爆笑していた。駈は恥ずかしさで思わず顔を赤らめ、それを隠すかのように急いでドアを閉め階段を下りていった。
リビングに戻りソファに腰を落としたところであることに気づいた。
(自分の部屋にカバン置いてきた……勉強できないじゃんか……)
一気にいろんなことが起きたため、部屋からカバンを取ってくることが頭から抜け落ちていた。このまま取りに戻ってもいいのだが、からかわれるのが面倒な駈は渋っていた。
悩んでいるとメッセージが届いたのかスマホが振動した。
『早苗ちゃんのお兄さんだったんですね』
『突然来たのでびっくりしました』
確認すると結花からだった。突然のメッセージに戸惑ったが、一つ息を吐いて冷静になったところで返信した。
『なんか申し訳ない、早苗が調子に乗って』
『いえいえ! いつも学校でお兄がーって話していて仲がいいことは聞いていたので大丈夫です!』
(学校で話してるのかよ……)
駈は唐突に突きつけられた事実に大きく息をついた。
『あ、早苗には俺のこと知ってるって言わないでほしい』
『知られたら絶対面倒なことになるから……』
そう駈が送ると、狐が敬礼しているスタンプが送られてきた。早苗に知られると質問攻めをくらう可能性があるため、勘づかれないようにしなけば……
とにかくこれで不安材料が一つ減った。そのままの勢いで意を決し、駈は自室に向かった。
早苗の部屋から聞こえてくる賑やかな話声を聞き流しながら部屋の扉を開けて荷物を取ろうとした。
『そういや他校で気になる男子とかいる?』
よく女子の間で話題として上がる恋愛トークが始まったようだった。
『うーん、私はお兄がいればいいから誰も興味ないかなー』
『いやお兄さんのこと好きすぎだろ!』
聞きたくなくても聞こえてくる声に呆れながら部屋を後にしようとドアノブに手をかけた。
『てかこはるん、さっきスマホいじってたけど誰かと話してたん?』
『え!? まあそうだけど……』
『え、誰! 男?』
急に結花の話題になり駈は思わず足が止まっていた。扉をそっと閉め、自室の椅子に座った。
『もう! 誰だっていいでしょ!』
『怪しいなー?』
(本当に女子って恐ろしいな……)
駈は気になることがあると問い詰める女子に若干の恐怖を覚えた。早苗に結花との関係がバレたらこうなるのだろうか……
『気になってる人なの?』
『気になってはいるけど……あーもう私のことはいいでしょ!』
『やっぱりこはるんはわかりやすくて面白いね』
隣の部屋から笑い声が伝わってきた。楽しそうな様子に安堵しながらも勉強をする目的を思い出し、カバンから勉強道具を取り出した。
(しかし思ったより楽しんでいるな)
駈は結花が楽しく過ごしている様子をみて安心感を覚えていた。
それは過去と向きa合おうとしている結花を応援しているから出てくる感情だった。
そのまま勉強を始めようと駈は筆箱からシャーペンを手に取ったが滑り落としてしまった。
「いっ……!」
机の下に転がっていたシャーペンを取り、体を出そうとしたとき頭を強打した。この時大きい音がしたのか、隣の部屋から驚いた声が聞こえてくる。
『あ、もしかしてお兄部屋にいる!? もしかして盗み聞き!?』
「違うわ! 勉強してんだよ!」
再び隣の部屋は爆笑の渦に包まれた。早苗にいじられてばかりの駈はカバンからイヤホンを取り出し自分の世界に入ろうとした。イヤホンをスマホに繋げ曲をかけようと画面を明るくさせたとき、そこにはメッセージが一つ届いていた。
『本当に聞いてませんか?』
『本当』
『あとまた怪しまれるから連絡しない方がいいぞ』
『やっぱり聞こえてたんじゃないですか!』
狐が腕を組みながらガチギレしているスタンプと共にメッセージは送られてきた。それを見て自ら放った余計な一言で墓穴を掘ってしまったと気づき、慌ててスマホを机の上に置いた。
当然駈は勉強に集中できるわけもなく、そわそわとした気持ちのまま椅子に座っている時間だけが過ぎていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ評価(下の☆マークのとこ)やブックマーク登録等していただけると嬉しいです。
感想もお待ちしてます。




