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丘の上で結わう花  作者: pan
第1章 退屈な日常が、変わる
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第10話 昔からの親友

 (かける)は小学生の頃から一人だった。同じクラスの人たちとおしゃべりすることもなく、遊ぶこともなく、ただ一人椅子に座って本を読んでいるか外を眺めていた。


 その様子を遠くから見ていた片桐速人(かたぎり はやと)は、すでに人気者だった。休み時間になれば男子と遊びに行く。給食に時間になれば近くのクラスメイトに話しかけられ仲良く駄弁る。先生からの評判もよく頼られていた。


「……おーい」


 駈は窓を眺めていると右から入り込んでくる揺れた手と共に声が聞こえた。その声の正体を見て、退屈そうに細めていた目を丸くして驚いた。


「ずっと外見てるよね、一緒に遊ぼうよ!」


「……いやいいよ」


 駈は突然誘ってきた速人に驚きつつも、遊ぶ気分でもなかったのでそっけない態度をとった。


「そんなこというなよ、ほら行くぞ!」


 速人は駈の取った態度を気にするどころか気持ちすらも無視して腕を引っ張り、教室から出した。これが駈と速人の出逢いで、あまりに唐突で横暴な速人の態度に第一印象は最低だった。しかし会話や遊ぶ回数を重ねていくうちに、駈は片桐速人という人間を理解していった。


 中学生に上がる頃、駈はなぜあの時遊びに誘ってくれたのか疑問に思い速人に問いを投げた。


「どうしてあの時声かけてくれたの? あの、初めて遊びに誘ってくれた時」


「あの時? ……よく覚えてないけど、遊んでみたいと思ったから誘ったんじゃないか?」


 理由はあまりにも単純で、自己中心的な考えだった。

 しかし当時から相手のことを考えて行動して駈は、速人に対していつの間にか憧れを抱いていた。



 ◇◇◇



『……駈ってさ、昔からあんまし自分のこと言ってくれないよな』


 駈は速人が言った言葉が頭から離れず顔を俯かせていた。それは駈自身も気にしていることであった。昔から自分のことを素直に言えず、閉じこもっていたのだ。


「まあ、でも何か嬉しいわ。親の気分みたいな?」


「……なんだよ親って!」 


 突然放たれた言葉に彩夏(さやか)は声を大きくして笑っていた。彩夏は重苦しい空気が苦手なのか一言も発せず一人勉強していたようだが、耐えられなかったようだ。


「駈が教室とかで楽しくしている姿なんて高校入ってから見ていなかったから、こっちも嬉しくてなってな」


 駈は俯いたままでいたが、その言葉はしっかりと聞いていた。確かに、速人とクラスが離れてから孤立していたので楽しいとか、そんなこと思ったことなかった。


「まあだから、無理に話せとは言わないけど、そういう出会いは大事にしてほしいっつーか……」


 急に口ごもる速人の様子が気になった駈は恐る恐る顔を上げた。


「まあ要は自分にもっと自信を持てって事だ! これ親友としての言葉な!」


 速人は恥ずかしいの駈の顔を見ずに言った。その言葉を聞いた駈は呆気にとられ、ただ茫然としていた。まさか励まされるとは……


「とりあえずそういうことだから!」


 我慢できなくなったのかシャーペンを持っていた手を勢いよく動かし始めた。


 駈は速人のこういう部分に憧れていた。

 本心で伝えているとわかる真っ直ぐな言葉と、自分がやりたいと思ったことを実行する行動力。

 もちろん駈はどちらも持ち合わせていないので、どこか遠くの存在、住んでいる世界が違うと思っていた。


 しかし速人はそんなことは気にも留めず駈に声をかけ続けた。その度に駈の知らない世界を見せてくれて、一緒に楽しんでくれていた。今思えば自分は速人を遊びに誘ったことが少なく、いつか声をかけてくれると受け身になり頼りすぎていたのかも知れない。


 他の人と住む世界が違うと思っていた自分が実はただ、自分の世界に籠っていただけなのかもしれない。


 駈はそう思い唐突に感謝を伝えなければという使命感に襲われ、呟くように言った。


「……ありがと、頑張ってみるよ」


「え、なに、やっぱ結花ちゃんのこと気になってるの!?」


「え、そうなの!?」


「だからしつこいよ!! そういうのは今じゃないだろ!!」


 もちろん速人に本心が届くわけもなく、動かして手を止めて面白おかしく返された。先ほどまでずっと笑っていた彩夏も乗っかって駈に迫ってきていた。

 その様子を見ながら駈は呆れた表情をしながらも、安心感を抱いていた。この二人は似ていて駈を楽しませてくれる。


(いつか自分もこうなれたら…)


 そう思いながら止めていた手を動かし勉強を再開させた。とにかく今は目の前の考査を乗り切ろうと気合を入れなおした。




 勉強会が終わりその帰路の途中、スマホが振動した。画面を確認すると送り主は小春結花(こはる ゆいか)で狐が壁からチラ見しているスタンプが送られていた。どう反応したらいいかわからない駈はとりあえず『どうした?』と返答した。


 するとすぐに返事が返ってきた。


『今日も勉強ですか?』


『そうだよ』


『お疲れ様です』


 たわいもない会話なのに駈は少しばかり高揚感を覚えていた。思わず緩んでいく口元を無理やり抑え込んだ。ここで勉強会での速人の言葉を思い出し意を決して文章を送った。


『そういえば次あの丘に来れる?』


 文章を送る前から心臓の音が大きくなり、送った後も鳴り止まずむしろ加速していった。連絡先を交換した理由に会う約束をするというのがあるから何もおかしくないのだが。


 既読はついているものの返信が来ない。たまたま開きっぱなしにしていたのか、気持ち悪いと思われたのか。駈が数多(あまた)の可能性を考えているとメッセージが飛んできた。


『私は丘から家近いですし、いつでも行けますよ』

『なんなら明日でも大丈夫です!』


『なら来週の金曜日にしようか』


 会う約束をした優越感と、恥ずかしいことを言った気がするという羞恥心が混ざり言葉にできない気持ちが募っていた。


『では来週で! 驚かせる方法も考えといてくださいね!』


 結花が送ってきた狐が手を振っているスタンプで会話は終わった。

 駈はそっとポケットにスマホを入れ、いつの間にか着いていた玄関のドアを開けた。


「お(にい)おかえりーー!!」


「おう、ただいま」


 勢いよく抱き着いてくる早苗(さなえ)を適当に引きはがし、自室のベッドに向かい腰を落とした。


 今から変わろうとしても、遅いかもしれない。けど、ずっと受け身でいても仕方ない。難しいかもしれないけど、自分の作った世界に閉じこもるのはもうやめよう。


 駈はそう決心し、早速速人に聞きたいことをメッセージで送った。


『人ってどんなことされたら驚くと思う?』


『あー、愛の告白とか?』


「そういうのじゃねぇよ!!」


 いつもの調子で返信してくる速人に対して、駈は声を荒げながらスマホの電源を落とした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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