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一日目


「それでは、ごゆるりと」


 村長は音一つ立てず(ふすま)を閉める。私は村長が部屋の前から去ったのを透ける影で確認してから、ようやく一息ついた。


「なぁ、み……()()()。この村どう思う?」


 呼び慣れないザザギという名に自分でも苦笑しつつ、前で座卓の座布団を三枚並べて、仰向けになっている彼に問いかけた。


「どう……って。()()も分かっただろ?なにか隠してるのは明白だ」


 私の曖昧な問いに少し顔を(しか)めてそう言った。彼の芝居がかかった少し高い声が、静かな夜に染み渡る。

 ザザギの言う通りこの村は何かを隠しているだろう。私は、今日起きたことを思い返しながら縁側へと足を投げ出した。



 私、加賀拓斗(かがたくと)は大学四年生、民俗学を専攻している。その活動の一環として、一年の頃に民族宗教を趣味で調査していた中、大学で噂になっていた変人、佐々木(みなと)に出逢い意気投合した。それから、私たちは様々な村を調査の名のもとに旅行していた。

 そして今回、卒論のテーマとして選んだのがこの村だった。岐阜県の山奥にあるこの村の名は『歯充烏(しじゅうからす)村』。鳥の名前であるシジュウカラで無く、シジュウカラスという独特な名前だ。


 それにしても今日は歩き疲れた。ぶらん、と縁側に垂らした脚が夜風に晒され、身体中の悲鳴は風に流されてゆく。後ろを見れば早くも、ザザギは大きく口を開けながら寝息を立てていた。私は彼の、図太さのようなものが少し羨ましくなった。


 今日、この村に着いたのは、午前11時ぐらいだったと記憶している。

 私たちはどこを調査する時も、もれなく田舎なのでホテルや旅館などの宿を取れたことが無かった。例にも漏れずこの地も宿泊施設が存在していなかったので、まずは誰か泊めてくれる善良な村民を探すことにした。のだが、人一人っ子見当たらない。

 更に、山と山の間に存在するこの村は霧が常に立ち込めている。それも雲のような、濃い奴だ。一寸先も見えない霧は容易に、私の心を断崖に立たせた。

 もちろんこの村は圏外で、見知らぬ土地ということもあって迷わぬ道理も無く、私たちは霧の中舗装されていない道を4時間ほど歩く羽目になったのだ。ぐちぐちと文句を言いながら帰りたがるザザギだったが、来た道だって分からない。

 自分たちは一生、この霧の中で彷徨い続けるのかもしれない。そんな不安が、心と足をずっしりと重くする。

 そうして心と体力の限界をもう少しで迎える、その前でメシアのように霧から現れたのが村長だった。


「こんにちは、見知らぬ顔ですがこの村に何か用ですか?あ、私はこの村の村長です」


 突如、霧の中に現れたその老人は、柔和な笑みを浮かべそう尋ねた。長く白いあごひげを擦りながら、少し曲がった腰を杖で支える村長と名乗る男に、私たちは軽く自己紹介をしてこの村の調査をしたいと伝えた。


「成程、全然構いませんよ。しかし、皆さんには必ず守ってもらいたいことがあります。それを守ってくれさえすれば、私の家にでも泊まってください」


 村長の目は虚ろだった。その真っ黒な瞳は一度(ひとたび)惹き込まれれば、二度と帰って来れない深さをしていた。

 更に、彼の言葉には感情が乗っていないように感じられた。既に決められていたかのような(よど)みの無さ。少し違和感は感じたが、むしろそれは私達にとっては興味を惹く要因となるだけだ。一体、何を守れば良いのか、私は尋ねた。


「加賀拓斗さんは()()()()()。佐々木湊さんは()()()と名乗り、お互いもそう呼んでください」


 頓狂なルールに私は思わず笑ってしまったが、湊は興味深そうに既にボイスレコーダーを起動させている。


「それは何か理由があるんですか?」


 湊は(もっと)もな質問をしたが、村長は聞こえていないかのように歩き出した。


「これさえ守ってくれば、私共は何もあなたがたに求めません。では、私の家に案内しましょう」


 霧の中に入っていく背中からは、やはり一切の感情を受け取れなかった。悲しそうに、カチ、とボイスレコーダーを仕舞う湊……いや、ザザギを見て私はまた少し笑ってしまった。


 そんなこんなで、この家に着いたのは夕方頃だった。調査は明日から行う、とだけザザギと決め、私たちは床についた。

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