第1章 89 毒に侵された村『シセル』2
「キャッ!ま、また何かあったのですかっ?!」
先程のマンドレイクの騒ぎでリーシャは大分臆病になっている。
けれどそれは無理も無い話かもしれない。
何しろ回帰前の私も『エデル』へ着くまでの旅の道中は怯えてばかりだったのだから。
「い、一体今度は何事なのでしょう…?またしてもマンドレイクが現れたのでしょうか……?」
トマスは馬車の窓から外を覗き込んでいる。
「私、馬車から降りて様子を見てくるわ。2人はここにいて頂戴」
リーシャとトマスに声を掛けると、2人は青くなって私を引き留めようとした。
「何を仰っているのですか?クラウディア様っ!外へ出たら危ないですよっ!」
「ええ、リーシャさんの言う通りです。ここは『エデル』の人達に任せて、安全が確保されてから降りた方が賢明ですよ?」
トマスは度重なる危険に見舞われ、大分度胸が据わって来たかのように感じられる。
「いいえ、大丈夫よ。ほら…その証拠に何者かと戦っている気配を感じないでしょう?」
私は耳に手を当て、外の音を聞いてみた。
「確かに……静かですね…」
「マンドレイクでは無かったのでしょうか?」
リーシャとトマスが不思議そうに私を見た。
「ええ。違うわ、恐らく‥‥」
首を振ってこたえようとしたその時――。
「クラウディア様、宜しいでしょうか?」
突然馬車の外からユダの声が聞こえ、扉が開かれた。
「どうしたの?ユダ」
「ええ。それが…この『シセル』の村人だと思うのですが、いきなり我々の前にフラフラと現れました。そして突然刃物を振りかざして襲い掛かってきたのです。何やら我々をモンスターか何かだと勘違いしているようなのですが……診て頂けますか?」
ユダの目は真剣だった。
すると猛反対したのはリーシャだった。
「ユダさんっ!本気で言ってるのですか?クラウディア様は王女様なのですよ?それなのに、そんな危険な真似をさせるおつもりですか?!大体クラウディア様はお医者さまでは無いのですよ!」
「だが、クラウディア様は自らこの村へ来ることを望まれた。我々が避けて通ろうとしたにも関わらず…。それはこの村を救う為ですよね?そしてクラウディア様はその方法をご存じでいらっしゃる。……違いますか?」
ユダは私に同意を求めて来た。
「ええ、そうよ。だからどうしても『シセル』に来たかったの」
「クラウディア様…本気ですか?」
リーシャが震えながら声を掛けてきた。
「ごめんなさい、リーシャ。貴女が心配してくれるのはすごく嬉しいわ。けど‥‥私は『レノスト』国の姫なの。この村に住む人々は大切な領民達なのよ。だから、行かないと」
「…分かりました。クラウディア様がそこまでおっしゃるなら…でも私も一緒に参ります。私はクラウディア様の専属メイドですから」
リーシャはまっすぐ私の目を見つめてくる。
「…そうね、皆の手助けがいることになると思うから…来てくれると助かるわ」
するとトマスも手を上げて来た。
「王女様。僕にも手伝わせてください。これでも僕は駆け出しの薬師ですから」
「ええ、ありがとう。リーシャ、トマス」
私は2人に頭を下げた。
「それでは参りましょう。クラウディア様」
ユダが右手を差し出してきた。
恐らく、私が馬車を降りる為に手を貸してくれているのだろう。
そこでユダの手に自分の手を置いた時、一瞬握りしめられたのは…多分気のせいだろう。
「それでは参りましょうか?クラウディア様」
「ええ」
こうして私たちは『シセル』の村人の元へ向かった――。




