第1章 88 毒に侵された村『シセル』1
「贖罪だなんて……クラウディア様は何も悪くないではありませんか……」
ユダは苦しげな、絞り出すような声を出した。
「そうですよ、戦争を起こしたのは王女様ではありませんよ?」
「ええ、御自分を責める必要はありませんよ。何があろうと私はクラウディア様が悪いと思ったことはありませんから!」
トマスに続き、リーシャが力強く私に訴えてくる。
「それでも私は父や兄を止めることが出来なかったわ。その結果戦争が起こってしまったのだから。そして……大勢の人達が犠牲になってしまったわ」
「「「……」」」
私の話を黙って聞いている3人。
「いいじゃないか。姫さんの言う通り、『シセル』の村へ行こうぜ」
不意にスヴェンの声が聞こえてきた。
「スヴェン」
スヴェンは反対側の窓からこちらを覗き込み、笑みをうかべて私を見ていた。
「姫さんが贖罪の為に『シセル』へ行きたいって言ってるんだろう?それにまだあの村には生き残っている人達がいて、彼等を助けたいって姫さんが願ってるんだからな。俺はいつだって姫さんの意見を尊重するぜ」
「スヴェン……お前……」
ユダが妙にスヴェンを威嚇するかのような表情で睨みつけている。
「姫さんの安全を願うだけが、姫さんの為になるとは言えないぜ?」
「!」
その言葉にユダの肩がピクリと動き…やがて彼はため息を吐いた。
「分かりました……クラウディア様の言う通り、『シセル』へ行きましょう。どのみち、あの村にクラウディア様をお連れするように命じられていましたから…」
「ありがとう、ユダ」
「いいえ、俺のような者にお礼を言う必要はありませんよ。ですが……宜しいですか?クラウディア様。もし……少しでもクラウディア様に命の危機が迫りそうな場合は……即刻あの村を出ます。それでも構いませんね?」
「ええ、構わないわ」
私は頷いた。
「…分かりました…では参りましょう」
ユダはため息をつくと、そのまま前方へと移動していった。
「良かったな、姫さん」
スヴェンが笑みを浮かべて私を見た。
「ええ。ありがとう、スヴェン。貴方のお陰よ」
「い、いや。そんなふうに言われると照れくさいな。それじゃ、俺も後方へ下がるよ」
スヴェンはそれだけ言うと、再び後方へ下がっていった。
2人がいなくなるとすぐにリーシャがトマスに話しかけた。
「トマスさん。やっぱり、ユダさんとスヴェンさんて……」
「ええ、そうですね。これはもう間違いないでしょう」
「え?一体何のこと?」
意味深に頷き合う、2人を見て私は首を傾げ……ついに私達は『シセル』の村へと足を踏み入れた……。
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「うっ……な、何でしょう……この匂いは…」
『シセル』の集落が見えてきた途端、リーシャとトマスが鼻を押さえた。
「マンドレイクの香りよ。この村はね……一番『エデル』の国の国境に近い村だということで、国王がマンドレイクの栽培をするように命じられたのよ」
独特なスパイシーな香りはほんの少し香るだけなら十分かもしれないが、あまりにも香りが強すぎると当てられてしまう。
「え?本当ですかっ?!国王はそんな危険な植物を『シセル』の民に栽培させていたのですかっ?!」
流石はトマス。薬師を目指しているだけあって詳しい。
「ええ、そうなの。あの香りはマンドレイクの葉から香っているのよ。あまり匂いをかいでいると危険よ。あの香りには幻覚作用と神経毒が含まれているから」
一刻も早くこの村を解毒しなければ……。
そしてついに馬車は『シセル』の村の中へ入っていった。
「何だか人の気配がしませんね……」
手にしていたハンカチで鼻と口を押さえながらリーシャが私に話しかけてきた。
薄紫色のモヤに包まれた『シセル』。
立ち並ぶ家々は固く扉が閉ざされ、人の気配がまるでない。
やがて広場らしき場所に到着すると、馬車はようやく停止した。
「どうやら…着いたようね」
「ええ、そうですね」
私のつぶやきにトマスが返事をする。
その時――。
「うわっ!!な、何だ!お前らはっ!」
前方で突然騒ぎが起こった――。




