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第1章 4 弟ヨリックとの邂逅

 リーシャと2人で出立の最後の準備をしていると、廊下で騒ぎが聞こえた。


『いけません!ヨリック様ッ!』


『いやだ!お姉さまと話がしたいんだっ!』


「え?ヨリック?」


すると扉が突然開かれ、10歳違いの幼い弟が部屋の中に飛び込んできた。


「お姉さまっ!」


まだ7歳のヨリックは目に涙を浮かべている。


「ヨ、ヨリック…」


そう、この幼い少年は…『クラウディア』時代の私の弟。


この世でたった1人残された私の肉親…天使のように可愛らしいヨリック。


以前の私はこんなに幼い弟を残して『エデル』に嫁ぐのに胸の痛み等少しも感じていなかった。

初恋の相手…アルベルトと結婚できる喜びが胸の内を占めており、1人この国に残されるヨリックのことなど考えてもいなかったのだ。


「ヨリック様!いけませんっ!」


するとヨリック付きの専属メイドが部屋の中に飛び込んできた。そしてヨリックを抱きかかえると、必死になって頭を下げてきた。


「大変申し訳ございませんっ!あれほどクラウディア様からこの部屋にヨリック様を入れてはならないと命じられておりましたのに…!」


「あ…」


そうだった。


あの頃の私はアルベルトとの結婚を反対するヨリックが鬱陶しくて、『エデル』に嫁ぐその日でさえ、私に近づかないように周囲の使用人達に命じていたのだ。


それにも関わらずヨリックは私を慕い…。


「お、お姉さま…」


ヨリックは緑の瞳に溢れそうな涙を浮かべて震えている。


本当に…以前の私はどうして、こんなにも私を求めているヨリックを冷たく突き放して、あの冷酷な男の元へ嫁いでしまったのだろう…。


「クラウディア様…」


リーシャが心配そうに私を見つめている。恐らく私がヨリックを追い払おうとしていると思っているのだろう。


だけど、今度の私は違う。


にっこり笑みを浮かべるとヨリックに声を掛けた。


「ヨリック…こっちにいらっしゃい?」


「お、お姉さま…?」


ヨリックの目に一粒の涙がこぼれ落ちる。


「クラウディア様…よろしいのですか…?」


ヨリックを引き留めていたメイドが尋ねてくる。


「ええ、いいのよ。嫁ぐ前に…お別れを言わせて?」


「は、はい…」


メイドがヨリックを抱きとめていた手を緩めると、途端にヨリックが私に向かって駆け寄ってきた。


「ヨリック」


しゃがんで両手を大きく広げると、ヨリックは胸に飛び込んでくる。


「お姉さま…お姉さまぁっ!行かないで…行っちゃやだよぉ!僕を…1人ぼっちにしないでよぉ…っ!」


激しく泣きじゃくる小さなヨリックを胸に抱きしめていると、我が子の記憶も一緒に呼び起こされ…胸に熱いものがこみあげてきた。


「ごめんね…ヨリック。私はどうしても『エデル』の国へ嫁がなくてはならないの。戦争で負けた時から決められていたことなのよ」


ヨリックの柔らかな髪をなでながら言い聞かせる。


「なら…なら僕も一緒に行くっ!連れて行ってよぉっ!」


「それは駄目よ。貴方はゆくゆくはこの国の国王になるのだから。国を捨てることは出来ないわ」


「そ、そんなぁ…っ!」


ヨリックは(かぶり)を振ってますます激しく泣きじゃくる。


ああ…私は酷い人間だ。こんなに泣いてすがってくる小さな弟を残して遠い国へ、あの冷たい男の元へ嫁ごうとしているのだから。


けれど、回帰してきた私には策がある。うまくいけば、アルベルトとも離婚出来るし、この国へ戻って来れるかもしれない。


「大丈夫よ、ヨリック。もしかすると…数年後には私はこの国へ戻ってこれるかもしれないから」


するとここで初めてヨリックが泣き叫ぶのをやめて、ボロボロ涙を流しながら尋ねてきた。


「本当…?」


「ええ、本当よ。だから…ヨリック。良い王様になれるようにたくさん勉強して…私が帰って来るまで待っていてね?」


「う、うんっ!僕…勉強沢山頑張って…待ってるよっ!」


「フフ…それじゃ、指切りしましょう?」


「指…切り…?」


「ええ、そう。大切な約束をするときは指切りをするのよ。はい、小指出して?」


私は右手の小指を突き出すと、ヨリックも真似をする。


「はい、それじゃいくわよ?」


私はヨリックと『指切りげんまん』をした。するとようやくヨリックは安心したのか笑顔で手を振ってメイドと一緒に部屋を出て行った―。




パタン…



扉が閉じられると、ようやくリーシャが声を掛けてきた。


「…よろしかったのですか?ヨリック様とあのような約束をなさって…」


「あのような約束って?」


再び荷造りの準備をしながら尋ねた。


「ええ…数年後にまた、国へ戻ってくる約束をされたことです」


リーシャは私が約束を破ることになってしまうのを心配しているのだろう。


「いいえ、大丈夫よ。言葉通り、私は数年以内に必ずアルベルトと離婚して、この国へ戻ってくるつもりだから」


そう。


私は回帰する前の自分が辿ってきた歴史を全て覚えている。


同じ過ちを繰り返さなければ…恐らくアルベルトと離婚できるはずだ。



二度目のクラウディアとしての人生…。


可愛い弟のヨリックの為にも生き残って、この国に再び戻ってこよう―。







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