第1章 2 過去の回想 1
リーシャ…。
前世で最後まで私の味方だったメイド。
私が投獄されたのに、リーシャは最後まで私から離れようとせずに私の世話をさせて貰いたいと、アルベルトに訴えたのだ。
そして本来であれば牢屋に入る必要も無かったのに、リーシャは自ら私と同じ牢屋に入り、私の世話をしてくれた。
処刑される前日まで―。
私が死んだ後のリーシャはどうなったのかは不明だが、私は最後までアルベルトに訴えた。どうかリーシャだけは見逃して欲しいと。
『罪があるのはお前だけであって、メイドには何も無い。安心しろ、お前のメイドは手を掛けないと約束してやろう』
アルベルトは私の最後の面会に訪れた時、私にそう告げた。
私が断頭台に引きずられて歩いている時、観衆の中で1人泣きながら私を見つめていたリーシャ。
あぁ…こんなに大勢から憎まれているにも拘わらず、私の死を悲しんでくれている人がいるのだ。
そのことだけがあの時の救いだった。
だから私は願った。
リーシャの幸せを―。
****
「リーシャ…リーシャ…!」
私はリーシャを抱きしめ、ボロボロと泣いた。
前世で46年まで生き…2人の子供を育てた私が、今はまるで子供のようにリーシャを抱きしめて泣いている。
自分で情けないと思いつつも、どうしても涙が止まらなかった。
そんな私をリーシャは抱きしめ、髪を撫でながら言った。
「あらあら、一体クラウディア様はどうしてしまったのですか?いくら今日、アルベルト様の元へ嫁ぐからと言って…感情が高ぶってしまったようですね?」
「え…?」
その言葉に私の頭は一気に冷静になった。
今、何て…?
私は今日、アルベルトに嫁ぐ…?
「リ、リーシャ」
涙を袖で拭うと、私はリーシャの目をじっと見つめた。
「ねぇ…今、一体何年の何月何日なの?」
「どうしたのですか?リーシャクラウディア様…。今はインペリア歴714年の5月1日ですよ?」
「インペリア歴714年、5月1日…」
間違いない、この日…私は国境を3つ越えた先にある王国『エデル』の若き新国王、アルベルト・クロムに嫁いだ日…。
「そ、そんな…」
私は頭を押さえてよろめいた。
「きゃあっ!しっかりして下さいっ!クラウディア様!」
リーシャが慌てて私を支えた。
「大丈夫ですか?お顔の色が真っ青ですよ?」
私を支えたリーシャが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「い、いえ…大丈夫よ。ただ、もう嫁ぐ日がやってきたなんて…月日が経つのは早いなと思って…」
無理に笑みを浮かべてリーシャを見たけれども、私は自分の運命を呪った。
何故、回帰したのがよりにもよってアルベルトの元へ嫁ぐ日なのだろうと。
これが数日前なら…私は迷わず逃げたのに。
リーシャにはどうしてもアルベルトとは結婚したくないと告げ…リーシャさえよければ、2人で一緒に逃げたのに。
けれど嫁ぐ当日ともなれば、もう逃げ場はない。
「取り敢えず、少しソファに座って休みましょうか?出発までには後3時間は余裕あがありますから」
「ええ、そうね…」
リーシャに支えられながら、ソファに座った。
「ふぅ…」
背もたれによりかかり、天井を見上げてため息をつくとリーシャが言った。
「クラウディア様…お気持ちはよく分かります。結婚と言えば、誰でも幸せを感じるとは限りませんから。何しろ…我が国は『エデル』との戦いに破れ…国王様と王太子であるレオポルト様だけでなく…多くの家臣たちが処刑されてしまいましたからね…」
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クラウディアだった私の人生は決して恵まれたものでは無かった。
一国の王女として生まれながら、この世は戦乱に満ちており…父や兄、それに家臣たちは『エデル』との戦いに破れ…処刑されていった。
助かったのは王女である私と、無力な家臣達。
そして…まだ幼い弟のヨリックであった。
私の国『レノスト』は『エデル』の属国となり、二度と反逆出来ないように私は妻としてアルベルトの元に嫁ぐことが決定した。
しかも、この結婚はアルベルトが家臣たちの反対を押し切って決めたことであったのだ。
アルベルトの家臣たちは皆、私も弟も処刑するように進言したにも拘わらず、彼は首を縦に振ることは無かったらしい。
だから勘違いしてしまったのだ。
私は彼に望まれて結婚するのだと…。
それが大きな間違いであることは、当時の私は気づきもせずに―。