終章 5
怪我人たちは続々と城に運ばれてきた。
一体どれだけの人々が宰相たちや、魔物と化した守り神によって被害を受けていたのだろう。
私はリーシャたちと合流し、怪我人の治療を行った。
【エリクサー】のお陰で一瞬で怪我が完治すると人々は驚き、私のことを『聖なる巫女』が戻ってきてくれたと大喜びした。
続々と運び込まれてくる怪我人たちも夜が明ける頃には全員が治り、それぞれの家へと帰って行った――
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私は1人で城のバルコニーのベンチに座っていた。
「もうすぐ夜明けね……」
夜明けの近い空を見上げ、ポツリと呟いた。
怪我人の治療とエリクサー作りに明け暮れた為か、身体は疲労困憊していたが充実感はあった。
不思議なことに、アルベルトから受けとった【賢者の石】を手に入れてからは錬金術を行使してもトランス状態になることはなかった。
「もしかして……本当に私は聖女だったのかしら……」
じっと自分の手のひらを見つめる。
「クラウディア」
突然背後から名前を呼ばれて振り向くと、未だにスヴェンの姿をしたアルベルトが立っていた。
「捜したよ。こんなところにいたのか?」
スヴェン……アルベルトは笑顔で近づいてくると、隣に腰掛けてきた。
「はい、ここで夜明けの空を見上げていたのです」
「そうか。確かに綺麗な空だな」
アルベルトも空を見上げる。
「はい、そうですね。ところでアルベルト様」
「何だ?」
「いつまでその姿でいるのですか? 皆がアルベルト様を捜しているのではないのですか?」
「いや。別に今のところ、俺を捜している様子は無かったぞ。皆、怪我人の治療で必死だったからな。それに『聖なる巫女』に皆注目していたし。クラウディアがこの国に嫁いできたと知ったときの人々の驚きようは見ものだった。全員お前にひれ伏したじゃないか」
その時のことを思い出したのか、アルベルトは面白そうに笑う。
「そ、その話は忘れて下さい……! 恥ずかしいですから……」
まさか自分の人生の中で、人々から拝まれる立場になるとは思わなかった。何しろ回帰前の私は人々に罵声を浴びせられたり、石を投げつけられながら断頭台に向かったのだから。
「まぁ、いいじゃないか。『エデル』では聖女は地上に存在する神とされているのだから」
「神だなんて、大げさです。私はただの……錬金術師ですから」
俯くと答えた。
「だが、これでもうお前は『レノスト』国に帰ることが出来なくなったな」
不意にアルベルトの声の雰囲気が変わった。見上げると、そこにはもう黒髪のスヴェンの姿は無く……金の髪に青い瞳のアルベルトがいた。
「あの……今の言葉、どういう意味ですか?」
するとアルベルトが私の肩に腕を回してきた。
「何だ? 俺が気づいていないとでも思っていたのか? お前、いずれは俺の元を離れて国に帰るつもりでいただろう?」
「え!?」
思わずその言葉に大きく反応してしまう。
「やっぱり、そうだったんだな。考えていたとおりだ」
「な、何故……そのことを……?」
「俺が何も気づいていないとでも思っていたのか? お前はここへ来たときから、俺を頼らずに、全て問題を解決しようとしてきただろう? それだけで答えは明白だ」
「そ、それは……」
「確かに、お前が俺に不信感を抱くのは理解できる。だが俺がお前を手放すはず無いだろう? 何しろ初恋の相手なんだからな」
「え? は、初恋の相手? この私が?」
「ああ。子供の頃、初めて出会ったときからな」
「そうだったの……ですか?」
その話は信じがたいことだった。何故なら、回帰前の世界ではこんな展開は無かったからだ。
「そうだ、前回は失敗してしまったが……もうそんなヘマはしない。クラウディア、お前は何処にもやらない。ずっと俺の側で……生きて欲しい。今度こそ」
「アルベルト様……」
アルベルトの顔が近づいてくる。
彼の私を見つめるその目は……昔のことを思い出させる。
やはりアルベルトは……。
――その時。
「陛下! こんなところにいらしたのですか! 今までずっと捜し……!」
バルコニーに騎士のヨハネが現れ……顔色を変えた。何故なら、私達はキスをする直前だったからだ。
「あ! こ、これは……大変し、失礼いたしました! どうぞ私にお構いなく続けて下さい!」
「何が続けて下さいだ! 出来るはず無いだろう! 全く……」
アルベルトはため息をつくと立ち上がり、私に手を差し出してきた。
「それでは行こうか? 皆の元へ」
「はい、アルベルト様」
私は笑みを浮かべると、差し伸べられたその手をとった――




