第2章 214 彼を信じて
大広間で私はメイドとして忙しく働いた。料理を並べたり、食器の準備をしたり……
これらの仕事は橋本恵として生きてきた経験が無ければ、出来なかっただろう。改めて前世の自分の記憶があったことに感謝した。
準備も大詰めを迎え、徐々に着飾った貴賓客たちが会場内に姿を表し始めた頃――
「何だって? それは本当の話か!」
「今騎士たちが確認に向かっている!」
扉の奥の方で騒いでいる声が聞こえてきた。……あの騒ぎは一体何だろう……?
気になった私は扉の付近のテーブルに移動すると、仕事をするふりをしながら会話に耳をそばだてた。
「その話は宰相様とカチュア様の耳に入っているのか?」
「いや、まだ知らされていないはずだ。今お二人は晩餐会に出席される準備をしているからな」
「だからバレる前に逃げた者たちの行方を捜しているんだよ」
逃げた者たち……
私の身体に緊張が走る。それはもしかするとユダたちのことなのかもしれない。けれど、次に耳を疑う言葉が聞こえてきた。
「全く……一体誰があの女の侍女とメイドを逃したのだ……? 陛下の行方も分からないというのに……」
「陛下の部屋の付近にいた、あの男が怪しくないか? あいつが現れてから陛下の姿も見えなくなったぞ」
あの男……? 一体誰のことだろう。けれど、リーシャ達がこの城を逃げることが出来たのであれば、私もこんな場所に長居は無用だ。
いや、むしろ今自分が一番危険な状態に置かれている。
「早くここから出たほうがいいわね……」
会場から出ていこうとしたとき、不意に怒鳴り声が聞こえてきた。
「何だと!? クラウディアの侍女とメイド達がいなくなったのか!?」
その声は宰相だった。
「も、申し訳ございません! いつの間にか……消えていたのです」
「ただいま、捜索中です。必ず見つけだします!」
男たちが必死で謝っているようだ。
「早急に探し出せ! 大体地下牢に捕らえていた者たちまで脱走しているとはどういうことだ!」
「え!? そ、それは……」
「ご存知だったのですか?」
男の声に焦りが見える。
「当然だ! 先程地下牢に足を運んだのだからな! 何故三人ともあの地下牢から逃げ出せた!? 全員むち打ちの刑で大怪我を負っていたはずなのに! それはあの女……クラウディアが奴らを逃したということではないか!」
クラウディアと言う名前を聞いて、自分の肩が跳ねそうになった。
「全く忌々しい……あの人質たちを使って、クラウディアを炙り出そうとしていたのに……それが女たちまで逃してしまうとは……! いいか! まだ奴らが城の何処かに潜んでいるかもしれない! 草の根分けてでも必ず見つけ出すのだ! クラウディアもまだ何処かにいるはずだ! あの女さえ見つかれば他の者たちはどうでも良い!
分かったか!!」
「「「はい!!」」」
その言葉を聞いた私は背筋が寒くなった。
もはや宰相は私に対する敵意を人前で隠すこともなく、顕にするようになった。
きっとリーシャ達はアルベルトが逃したに違いない……今の彼は回帰前の彼とは明らかに違う。
アルベルトを信じるのだ……!
人混みに紛れて会場を抜け出し、周囲に人がいないことを確認した私は【クリア】を口にした――




