第2章 190 救済院の人々への頼み
「クラウディア様、救済院の人々の治療も全て終わったことですし、城に戻りませんか?」
ハインリヒがやって来ると声を掛けてきた。
「ええ、そうね。もうここで私のすることは終わったようだし」
「では帰りましょう」
促されて馬車に乗り込もうとしたその時――
「お待ち下さい、聖女様」
不意に背後から声を掛けられた。
「え? 聖女?」
振り向くと、初老の男性が私をじっと見つめている。その背後に十人前後の人々が集まっていた。
「あの……今、私に声を掛けたのですか?」
すると老人が頷く。
「はい、そうです。貴女様のことでございます。聖女様」
「いえ、私は聖女ではありません。聖女は先程こちらにいらした白い衣を着た女性ですよ?」
けれど、自分がこの国のいずれ王妃になるということは口にしなかった。
私は『エデル』の人々から憎まれているのは知っていたから。
「何をおっしゃるのです? 先程、偉そうな男と一緒に尻尾を巻いて逃げた女が聖女だと言うのですか? あの女はインチキですぞ」
すると、周囲にいた人々が次々に話し始めた。
「あの女が治療した者たちは、もともと救済院の患者ではありません!」
「数日前にいきなり団体で現れたんですよ!」
「そうです。何処から見ても健康体なのに、病気や怪我人を装っていました」
「あいつらは普通に歩けていたし、目だって見えていたんですよ!」
「クラウディア様。やはりあいつらは宰相たちが用意した輩だったようですね」
ユダが声を掛けてきた。
「ええ、そのようね。恐らくお金でも積まれたのじゃないかしら?」
私の言葉に老人が頷く。
「はい、あの者たちは初めから我々を助けるつもりは……いえ、助けることなど出来なかったのですよ!」
老人の声は怒りで震えている。
「何が聖女だ!」
「あいつらはとんでもないペテン師だ!」
人々の興奮はとどまるところを知らない。
「ですが、貴女様は違いました。我らの病気や怪我をたちどころに治してくださったのですから!」
「貴女こそ、本物の聖女です!」
「聖女様、この恩は決して忘れません!」
その言葉にさすがの私も焦りを感じた。私のことを聖女と呼ぶ人々、そのことを宰相やカチュアに知られてしまっては……!
私は首筋に冷たい刃が触れる瞬間を思い出し、背筋が寒くなった。
あのときは、公金の横領と『聖なる巫女』の暗殺未遂事件という濡れ衣を着せられて断頭台で命を散らせた。
このままでは『聖なる巫女』を名乗る偽物聖女として罪を被せられるかもしれない……!
「どうされましたか? クラウディア様。顔色が酷く悪いですよ?」
ユダが私の異変に気づいたのか、声を掛けてきた。
「え、ええ。そうね……少し疲れてしまったのかも……」
「ならすぐに戻りましょう!」
「ええ、そうするわ」
ハインリヒの言葉に頷くと、私は人々に訴えた。
「皆さん、私は聖女などではありません。ただ、どんな病や怪我もたちどころに治すと言われている『黄金の果実』を採ってきて、皆様に差し上げただけです。どうか私を聖女と呼ぶのは控えて頂けますか?」
すると先程の老人が頷いた。
「……分かりました。貴女は我らの命の恩人です。その方が、そう願うなら我らはそれに従うまでです。他の者たちも分かったな?」
老人の言葉に人々は一斉に頷いた。
「ありがとうございます、皆さん。それでは私達はこれで失礼致します」
そして私達は救済院の人々に見送られながら、その場を後にした――




