第2章 187 シモンの神聖力
「ば、馬鹿な……! さっきまでここにいたのに、いつの間に!?」
ユダが驚愕の声を上げる。勿論、私も驚いていた。
何故、シモンはあの場にいるのだろう? 先程まで私の隣にいたはずなのに……
すると苦々しげに宰相が声を上げた。
「シモン! 神聖力を使って時を止めたな!」
え……? 神聖力? 時を止める? そんな力がこの世に存在するなんて……!
「ええ、そうです。それでは早速、彼らにも『黄金の果実』を分けてあげようではありませんか。わざわざここまで治療を受けに駆けつけてきたのですから。聖女は万人に奇跡を分け与えてあげなければならないのでしょう?」
シモンの言葉はどこか挑発的に思えた。
「な、何だと! シモン! お前たち、シモンを捕えろ!」
宰相が焦った様子で周囲にいる人々に命じる。すると……
「おっと、そんなことをしても無駄ですよ? 私の能力は知っているのでしょう? 時を自由に操れるのですから」
シモンは笑った。
「ぐぬぬぬ……」
もはや手出しできないと見たのか、宰相が真っ赤な顔でシモンを睨みつけている。
その様子を見ていたハインリヒが疑問を口にした。
「一体あの神官は何者なのだ? 宰相の手先では無かったのか……?」
そのことについては、私も同じ意見だった。彼は本当に何者なのだろう?
気づけば、既にシモンは貧民街に住む人々の側に立っている。また時を止めて移動したのだろう。
「おや? あなたは……右腕が壊死しかけているではありませんか?」
シモンが1人の男性に近付くと尋ねた。
「は、はい……半月ほど前に土方仕事で怪我をしたのですが……どこも金が無い俺を診てくれず……」
青ざめた男性は荒い息を吐いている。
「なら、早速聖女様が採取してきた果実を食べてみて下さい」
シモンは皿を差し出す。
「あ! そ、それは駄目よ!!」
カチュアの悲鳴じみた声が響き渡るも、男性は果実を口にする。
「……」
「どうです? 先程の人々は果実を口にした途端、たちどころに治りましたが?」
「……いいえ……少しも良くなりません……」
苦しそうに喘ぐ男性。
「そ、その果実は効き目が弱い果実なのです! 本物の果実ならまだあります!」
叫んだカチュアの手元には黄金の果実が握りしめられている。
まさか、あの果実は一度盗まれたものではないだろうか?
「そ、そうだ! 黄金の果実には二種類あって、こちらの方が効果が強いのだ! 早くその者にこの果実を!」
宰相がなんとも苦しい嘘をつく。
「では受け取らせて頂きましょうか?」
シモンが頷いた次の瞬間、既に黄金の果実は彼の手の内にあった。
「クッ……! こ、この化け物め……!」
宰相が憎悪の目をシモンに向ける。しかし彼は全く気に留める素振りもなく、黄金の果実を苦しむ男性に差し出した。
「どうぞ、この果実がどうやら本物のようですよ?」
その言葉は完全にカチュアと宰相に向けた嫌味であるのは一目瞭然だった。
「あ、ありがとうございます……」
左手で果実を受け取った男性は早速皮ごとかじりつく。
男性が咀嚼して飲み込む様子を私はじっと見つめていた――




